招き猫を『作る側』は、いま何を考えているのか。
招き猫は、店先で手を上げているだけの置き物ではない。
それが『形』になるまでには、土と火、人の手、納期と品質、そして窯元の判断がある。
瀬戸の地で、長く陶磁器づくりを続けてきたフジコウセラミックもまた、そうした現場の中で招き猫を作り続けている窯元だ。
碍子(がいし)製造で培われた厳格な検品体制。納期を守るための段取り。現場の職人と「どうすれば成立するか」を詰める打ち合わせ。
それらは派手に語られないが、だからこそ『信頼の積み上げ』として静かに残っている。
その信頼が、どれほど現場を支えているのか。
フジコウセラミックで現場判断と焼成管理を担う藤井 成啓さん(以下、藤井さん)の話を聞くほどに、その輪郭ははっきりしていく。
本記事は、瀬戸の現場で実際に窯を管理し、焼成判断と検品判断を行なっている藤井さんへの一次インタビューをもとに構成している。
「かわいい」「売れている」といった評価ではなく、
フジコウセラミックがどのように作り、どのように続けてきたのかを、その言葉と現場感覚から記録していく。
フジコウセラミックという窯元について

藤井さんの話を聞いて最初に見えてきたのは、フジコウセラミックが『招き猫の窯元』という一言では収まらない立ち位置にあるということだった。
招き猫を作っている。これは事実だ。
ただ、同時に、プレス成型・圧力鋳込み・ガバ鋳込み・転写絵付け・吹き加工・金付きけなど、依頼された仕事を『確実に成立させる』ことを軸に、幅広い製造を担ってきた現場でもある。
そしてその土台を形づくってきたのが、瀬戸という産地の歴史と、そこで積み重なってきた製造の現実だった。
フジコウセラミックの成り立ち
フジコウセラミックは、瀬戸市萩殿町にルーツを持つ。
祖父の代は製造会社で働いたのち独立し、当初は窯を持たない生地屋(製造)としてスタートした。
父の代で窯を導入し、製造の幅は少しずつ広がっていく。
最初から完成された「窯元」だったわけではない。
産地の中で仕事をつなぎながら、設備と技術を積み上げてきた、瀬戸らしい歩み方だった。
現在の拠点に移るきっかけは、藤井さんが20歳の頃に起きた火災だ。
自宅兼工場が全焼したが、窯は使えそうだったので新たな場所に窯を移し、萩殿窯として再起をした。
窯を焼ける場所は、どこでもいいわけではない。
土地の条件や地域の規制があり、構えられる場所は限られている。
昔は(地場産業なので、今ほど場所はそこまで気にせずで)よかったんですけど、今は厳しいですね。実際にガス屋さんに「新しい窯焼きさん増えた?」と聞いても「逆に減ってます」と言われています。
その言葉どおり、焼ける場所を探すのは簡単ではなかった。
そんな中、たまたま陶芸作家が使っていた場所を引き継げる話があり、現在の工場へとつながっていく。
藤井さんは自らを「3代目になる予定」と語るが、社長には焼いて縮むものは儲からないから焼いて膨らむものを考えて作れと冗談を言われている。
そして、瀬戸には創業200年規模の窯焼きメーカーも珍しくない。
フジコウセラミックもまた、そうした時間の層の中に確かに存在している窯元だ。
瀬戸という土地との関係
瀬戸という産地の強さについて、藤井さんは『当事者の自負』よりも、外から聞いた話として語った。
瀬戸って、何がすごかったんですか?って、周りに聞いたんですよ。
返ってきたのは、貿易が盛んだった時代の話だった。
日本の焼き物が海外へ大量に輸出されていた頃、時期にもよるが明治以降の近代貿易においては瀬戸物がシェア1位だった為、瀬戸焼ではなく瀬戸物と言う言葉が生まれたという。
瀬戸で焼き、名古屋側で上絵付けを施し、港から出荷する。
産地としての分業と導線が、すでに組み上がっていた。
一方で、隣には美濃焼(多治見)という大きな産地がある。
仕事量が増えれば補完し合い、ときに競合もする。
瀬戸と美濃は、現場レベルで密接につながってきた関係だった。
また瀬戸や美濃地区の特徴として、流行への反応の速さも挙げられた。
これはどの業種でもあるが何かが当たると、一斉に作り、結果として飽和し、価格競争になる。
また、瀬戸の特徴として挙がったのが、流行への反応の速さです。
ある商品が当たると、一斉にバーッと作り、結果として飽和して価格競争になる。
その中で、業務用食器などに軸足を置き、ぶれずに大きくなるメーカーもあり、碍子メーカーが人工原料(ファインセラミック)を研究した会社が大きくなっている。
瀬戸は「作れる」だけでなく、「どこに軸を置くか」で分岐していく土地でもある。
この構造は農業にも似ている。
フジコウセラミックは、碍子製造で培った感覚を持ち込みながら、
納期・品質・検品を『当たり前に守る』ことで信用を積み上げてきた窯元だった。
フジコウセラミックから見た『招き猫』とは何か

フジコウセラミックにとって、招き猫は
「最初から作りたくて選んだモチーフ」ではない。
取引の流れの中で依頼があり、型があり、作る理由があり、色々なOEMなどで、自社がいろんなことを挑戦し、成長できる製品である。
その結果として、今も招き猫を作り続けている。
その距離感は、とても現実的で、同時に誠実でもある。
招き猫を『縁起物』としてどう捉えているか
「招き猫って、何なんでしょうね」
質問に対して、藤井さんはすぐに答えを出さなかった。
それは答えがないからではない。
作り手として、意味を背負わせすぎないという選択だった。
商品なのか、文化なのか。
自分で買うものなのか、贈るものなのか。
話の中で何度か出てきたのは、「贈り物」という感覚だった。
引っ越し祝いに渡した話。
結婚した同級生に贈ったら、猫好きの奥さんが喜んでくれた話。
パートさんに渡した招き猫をきっかけに、仕事が決まったという話。
新築祝いで渡して、割ってしまったのでもう一度欲しいと言う話。
どれも大きな物語ではない。
けれど「よかった」という感情が、確かに残っている。
招き猫は、人生を変える道具ではない。
節目や切り替えの場面で、そっと手渡される存在。
フジコウセラミックにとっての招き猫は、
意味を定義しすぎず、軽くも扱わないものだった。
フジコウセラミックの招き猫の特徴
フジコウセラミックの招き猫は、ゼロからデザインされたものではない。
雑貨ブランドからの相談をきっかけに、既存の型をベースとして始まった。
奇をてらうことなく、長く親しまれてきた基本形を尊重する。
右手・左手の意味、耳の位置など、従来の解釈が成立する造形だ。
一方で、作り方には明確な特徴がある。
焼成は全自動ではなく、人の目で火を見ながら調整する。
しかも、他よりやや高めの温度で17~18時間焼く。
ガス代がかかる、無駄だと言われることもある。
それでも、「高めの温度で焼くことで、白くきれいに焼き上がる」ことを優先する。
その結果、同じ型でも一体一体に微妙な個体差が生まれる。
それを不揃いとは捉えない。
人の手を通った証として、受け止めている。
主張しすぎない。
けれど、安心して人に渡せる。
その静かな積み重ねこそが、フジコウセラミックの招き猫の本質だ。
招き猫を作り続けるということ

藤井さんの話を聞いていると、
「作り続ける」という言葉が、
決してロマンだけでは成り立たないことが、何度も伝わる。
そこには、
毎日の判断、現場の空気、人の手、失敗、やり直し、
そして『それでも続ける』という選択があった。
製造現場で大切にしていること
とにかく、現場は明るくしてます。
品質や技術の話が出てくるかと思いきや、
最初に出てきたのは、意外にもそんな一言だった。
だが、工房に入ってすぐに感じた空気感と、その言葉は一致している。
一方で、品質に対しては非常に厳しい。
・碍子と同等レベルの検品基準
・ヒビ、欠け、歪みは一切通さない
・1ロット丸ごと作り直すこともある
実際、「先週作った製品が全部ロットアウトで、全部作り直しになった」
という話も出た。
手作業だからこそ、どうしても起きてしまう失敗。
それを「仕方ない」で流さず、
全部やり直す判断を、当たり前にできるかどうか。
ここに、フジコウセラミックの現場としての強さがある。
焼成も同じだ。
還元焼成では約1350℃を基準に、窯の状態を見ながら調整する。
人の目で温度の上がり方を調整する。
1400℃を超えると、生地が耐えられず、
『メルトダウン』して形が崩れてしまう。
けれど、その手前の温度帯が、いちばん美しく白く焼けると言います。
そのギリギリを攻める判断は、
マニュアルではなく、藤井さんの経験と感覚に支えられている。
数を作ることと、守ることの間での葛藤
フジコウセラミックには、OEMや量産に関する相談が少なくない。
外から見れば、「作れるのであれば、すべて引き受けてしまえばいい」と映ることもあるかもしれない。
だが、フジコウセラミックは、仕事を「断る」「受ける」という単純な線引きをするのではなく、「どのようなかたちで一緒にものづくりができるか」を重視している。
たとえば、
・企画の方向性がまだ定まっていない
・工程や判断をすべて任せきりにしてしまう
・間に複数の業者が入り、発案者の意図がうまく伝わらない
・他社さんで売れている模倣品
こうしたケースでは、結果として調整に時間がかかり、
最終的な品質に対する責任の所在も曖昧になることも多い。
一番難しいのは、最初からすべてを任せきりにされてしまうことですね。
そう語る言葉からは、仕事を選り好みしているというよりも、
きちんと対話しながら進めたいという姿勢が感じられる。
また、最初は条件が合わずに一度断った仕事が、
時間を経て再び企画依頼の相談のやり取りもあるという。
その時に、改めて型への投資や試作の可能性を検討することもある。
フジコウセラミックが重視しているのは、
作れるかどうかではなく、
一緒に考え、すり合わせながら作っていけるかどうか。
その判断軸は、量産の現場でありながら、
ものづくりの質を守るための、ごく自然な姿勢として貫かれている。
フジコウセラミックが見てきた『変化』とは

長く現場に立ち続けてきたフジコウセラミックは、
「変化」を大きな言葉で語ることはない。
流行った、廃れた、売れた、売れなくなった。
そうした評価よりも先に語られるのは、
現場で実際に起きた出来事と、
それに対してどのような判断をしてきたか、という話である。
例えば、食器メーカー、工業部品メーカーの亜種の誕生、何かを捨てて何かを取り入れる。
「あそこのメーカーは〇〇をはじめた」と言うことをM&Aの話など含めてよく聞きます。
変化は、特別な出来事としてではなく、
日々の製造の延長線上にあったものとして語られる。
そこに誇張も、過度な悲観もない。
国内外からの需要の変化
ここ数年で最も分かりやすかった変化は、
インバウンドの回復である。
「なくなったから、すぐ欲しい」
「いつ入る?」
「何体いける?」
「お客さんは待ってくれない」
海外観光客が戻るにつれ、
雑貨店や土産物店からの問い合わせは確実に増えている。
一方で、同時に強く表れているのが、
在庫を持たないことを前提とした取引の増加である。
売り場は軽く、
必要な分だけを、必要なタイミングで仕入れる。
そうした流れは、雑貨全体に共通する傾向でもある。
しかし、焼き物は
「明日できる」仕事ではない。
成形し、乾かし、焼き、冷まし、検品する。
焼成だけでも最低4〜5日を要する。
工程を省くことは、そのまま品質に直結する。
だからこそ、フジコウセラミックでは
次の前提を崩さない。
・順番は必ず守る
・飛び込みでの割り込みはしない
需要が増えたからといって、
作り方や段取りを変えることはしない。
それは頑なさではなく、
焼き物という仕事を成立させるための前提条件である。
また近年は、
「この招き猫を、どう売るか」だけでなく、
「どう見せるか」という相談も増えている。
百貨店のショーウィンドウ、
海外観光客が多く集まる場所での展示。
招き猫が、
販売物であると同時に、
空間の中で置かれる存在として扱われ始めている。
その変化もまた、
現場の流れの一つとして淡々と受け止められている。
今の時代に、招き猫はどう見られているか
もう一つ、大きな変化として挙げられたのが、
SNSの存在である。
検索すれば、
全国の招き猫が瞬時に目に入る。
素材、技法、表現はいずれも多様で、
情報としては非常に開かれた時代になった。
いろんな招き猫が見られるのは、見ていて楽しい。
その言葉は、率直な実感として語られた。
一方で、
情報が開かれているからこその難しさもある。
表現が可視化されやすく、
無意識のうちに影響を受けてしまうこともある。
自分なりに考えたつもりでも、
結果として近い印象になることもある。
見えすぎるからこそ、線引きは簡単じゃない。
そうした状況に対して、
フジコウセラミックは誰かを否定することも、
自分たちの立場を強く主張することもしない。
みんな、それぞれの感覚でやっているんじゃないかな。
距離を保ちつつ、
状況を冷静に見ている姿勢がある。
また近年は、
石やガラスなど、陶器以外の素材による招き猫も増えている。
それについても、評価や批判は語られない。
いろんな素材があって、見ていて楽しい。
それ以上でも、それ以下でもない。
フジコウセラミックが重視しているのは、
素材や流行ではなく、
どういう姿勢で仕事に向き合っているかである。
流行に合わせて形を変えることよりも、
自分たちの仕事の軸を崩さないこと。
フジコウセラミックが見てきた「変化」とは、
外側の出来事ではなく、
変わらないために積み重ねてきた判断の連続である。
これから、何を残していきたいか

インタビューの終盤、
「未来」や「次の世代」という言葉を向けると、
藤井さんの語りは、少しゆっくりになる。
明確なビジョンや、
大きな目標が語られるわけではない。
その代わりに、
作り手としての実感が、言葉の端々に表れていた。
招き猫を作っていく上で変えていいものと変えてはいけないもの
陶器って、買ったら色褪せないんですよね。
時間が経っても、
形も質感も、ほとんど変わらない。
古代の陶器を今でも見れること。
作り手がこの世を去ったあとも、
どこかで静かに残り続ける可能性がある。
その時間の長さは、
藤井さんにとって重要な意味を持っている。
一方で、
時代は確実に変わっていく。
AI、3Dプリンター、新素材、ロボットなどの新しい製造技術。
選択肢は増え続けている。
だからこそ、
守るだけでは足りない。
古いから残すのではなく、
残すために、何を足すか。
今の技術でできること。
人の手でしかできないこと。
機械に任せてもよいこと。
それらを見極めながら、
守る部分には「プラスアルファ」を重ねていく。
変えてはいけないのは、
工程そのものではなく、
ものづくりへの姿勢である。
次の世代・これからの招き猫へ
招き猫は、招き猫である。
右手と左手の意味も、
置かれる場所も、
大きくは変わらないだろう。
しかし、
招き猫のあり方は、もっと自由であっていい。
集める人がいてもいい。
飾る人がいてもいい。
意味より、形に惹かれてもいい。
自分の好みにアレンジしてもいい。
猫が好きでなくても、
「この招き猫なら、見ていて心地いい」
そう思える存在でも構わない。
招き猫は、
信仰の対象でも、
商売道具でもなく、
暮らしの中に自然に入り込む存在であってほしい。
作ったものが、ずっと世に残るのは嬉しい。
その言葉に、
大きくなることよりも、
続いていくことを大切にする姿勢が表れている。
フジコウセラミックが目指しているのは、
派手な未来ではない。
静かに、確かに残っていく未来。
それは、招き猫という存在そのものに、よく似ている。
本記事で紹介したフジコウセラミックについては、
製造の取り組みなどを公式サイトでも確認できます。
ものづくりの背景や、現在取り組んでいる仕事を知りたい方は、
こちらから公式ページをのぞいてみてください。

