招き猫は、日本において長く縁起物として親しまれてきた存在だ。
一方で、現代の生活や価値観の中では、その距離感が少しずつ変わりつつある。
今回話を伺ったのは、
伝統工芸である招き猫を「アート」という文脈で再定義し、
海外、とくに台湾を起点に展開を進める 株式会社PlnX の代表・岡本氏。
この取り組みは、
伝統を否定するものでも、消費的に解体するものでもない。
むしろ「どうすれば、この文化を次の世代に渡せるのか」という問いから始まっている。
PlnXと岡本氏
招き猫を「どう作るか」を語る前に、まず知っておきたいのは「誰が、どんな視点で向き合っているのか」という点です。
株式会社PlnXの取り組みは、伝統工芸の文脈だけでは説明しきれません。
その背景には、海外での生活経験と、外から日本文化を見てきた岡本氏自身の視点があります。
株式会社PlnX代表の 岡本晟楽(おかもと・せら)氏は、
いわゆる工芸の世界に最初から身を置いていた人物ではありません。
高校卒業後、台湾、そしてカナダへと留学。
台湾では台湾国立政治大学の華語センターに所属し、中国語を中心に学びながら、現地学生と混ざって経済学などの授業も受講していました。
正式な学位取得を目的とした留学ではないものの、大学という環境の中で「言語」「社会」「文化」を実践的に学ぶ時間を過ごしていたと言います。
続くカナダ留学では、モントリオールを拠点に、英語とアートを中心とした生活へ。
現地の画廊と関わりながら、絵を描くこと、陶器の設計に触れることなど、表現そのものに向き合う時間を重ねていきました。
日本へ帰国後は、すぐに工芸やアートの世界へ進んだわけではありません。
2023年には上京し、SESエンジニアとして勤務。
その後、仮想通貨メディアでの記者業務を経験し、中国・アメリカを中心とした海外企業への取材も行っています。
そして、2025年、岡本氏は 株式会社PlnX を創業します。
掲げたテーマはシンプル。しかし難しいものでした。
「日本の伝統工芸である招き猫を、世界へ届ける」
日本国内では、招き猫に対する関心が年々薄れている現実があります。
一方で、海外では日本文化への興味が依然として強く、
「縁起物」「伝統工芸」という文脈そのものが、まだ新しい価値として受け取られている。
岡本氏は、そのギャップに可能性を見ました。
自分自身が台湾やカナダで、日本文化を“外から”見てきたからこそ、
国内向けに閉じてしまった招き猫の価値を、再構築できるのではないか。
PlnXは、そうした問題意識から生まれた会社です。
何がきっかけで、招き猫の世界に入ったのか

PlnXの取り組みを理解するうえで欠かせないのが、
「なぜ数ある日本文化の中で、招き猫だったのか」という点です。
その背景には、日本の内側ではなく、海外から見た日本文化の姿があります。
岡本氏が招き猫に強い可能性を感じたのは、
日本ではなく、台湾やカナダで生活していた頃でした。
海外で暮らす中で、
「日本人である」というだけで話しかけられる場面が増え、
そのたびに日本文化について問われる。
アニメや漫画、食文化と並んで、
縁起物や伝統的なモチーフに対する関心が想像以上に強いことに気づいたと言います。
その一方で、日本国内に戻ってみると、
招き猫は「見慣れた存在」「昔からあるもの」として扱われ、
若い世代を中心に、積極的に選ばれる対象ではなくなっていました。
岡本氏は、この違和感を「感覚」ではなく「構造」として捉えます。
日本では、
・日常に溶け込みすぎて価値が言語化されていない
・縁起物=古いもの、という無意識のイメージがある
一方、海外では、
・日本文化そのものが非日常
・意味や背景を含めて“知りたい対象”になっている
同じ招き猫でも、置かれている文脈がまったく違う。
このズレこそが、岡本氏にとっての出発点でした。
もう一つ、大きな要因となったのが台湾での体験です。
台湾では、日本文化に対する親近感が強いだけでなく、
「縁」や「金運」といった概念が、日本以上に生活の中に残っています。
日本製であること。
縁起物であること。
この二つが重なった瞬間に、
招き猫は台湾の人々にとって、非常に分かりやすく、かつ魅力的な存在になります。
実際に、日本を訪れた台湾の人々が、
招き猫を土産として購入し、自国へ持ち帰る光景を何度も目にしてきたと言います。
しかし岡本氏が注目したのは、
「売れている」という事実そのものではありません。
なぜ、海外では価値として成立しているのに、
なぜ、日本では文化として弱くなっているのか。
この問いに向き合う中で、
単に輸出する、単に販売する、という発想では不十分だと感じるようになります。
必要なのは、
招き猫を「現代の価値観に翻訳し直すこと」。
それは、形を変えることでも、意味を否定することでもない。
むしろ、縁起物としての前提を残したまま、
どうすれば今の時代、そして世界に届くのかを考える作業でした。
こうして岡本氏は、
「招き猫を作る」ではなく、
「招き猫をどう再定義するか」という問いに足を踏み入れます。
PlnXの挑戦は、
ここから「会社としての立ち位置」へと具体化していくことになります。
“アートとしての招き猫”をどう定義しているか

招き猫は、もともと縁起物であり、伝統工芸品です。
PlnXが目指しているのは、その前提を壊すことではありません。
ではなぜ、岡本氏は「アート」という言葉を使うのでしょうか。
岡本氏が語るのは、「アート」という視点を通して、招き猫を再定義するという姿勢です。
招き猫は、日本の歴史の中で
・縁起物として扱われ
・家庭や店先に置かれ
・人々の生活に自然に溶け込んできました。
その役割や意味は、すでに十分に完成されています。
一方で岡本氏は、
「現代において、その意味が正しく届いているか」
という問いを強く持っています。
日本国内では、
招き猫に触れる機会自体が減り、
文化として“意識されない存在”になりつつある。
それは否定でも批判でもなく、
時代の変化としてごく自然な現象です。
だからこそPlnXでは、
招き猫を「現代の文脈で”読み直す”」必要があると考えています。
ここで使われる「アート」という言葉は、
装飾性や奇抜さを意味していません。
岡本氏にとってアートとは、
- その時代の思想
- 社会の空気
- 人々の価値観
それらが反映され、
見る人と“共鳴”することで成立する文化そのものです。
招き猫もまた、
もともとは時代の中で生まれ、
人々の願いや不安、期待を受け止めてきた存在でした。
つまり、招き猫は最初から
極めてアート的な背景を持っているとも言えます。
PlnXが行っているのは、
その本質を現代に引き戻す作業です。
重要なのは、
「伝統工芸品という枠組みを壊す」ことではありません。
岡本氏が語るのは、
伝統工芸が持つ誇りと技術を使って、次の世界戦に挑む
という姿勢です。
保守的であること自体が悪いのではない。
ただ、そのままでは世界と接続できない瞬間が来ている。
その現実を直視したうえで、
新しい解釈を重ねることこそが、
アートとしての挑戦だと捉えています。
「アートとしての招き猫」は、
展示物でも、鑑賞専用の存在でもありません。
誰かの手元に置かれ、
空間の一部になり、
時間とともに意味を重ねていくもの。
その姿そのものが、
PlnXが定義する“アートとしての招き猫”です。
そしてこの考え方は、
PlnXという会社の立ち位置にも直結しています。
招き猫を「売る」のではなく、
招き猫が持つ文化を、
現代に翻訳し直すチームであること。
それが、岡本氏の招き猫観です。
海外(特に台湾)で何が起きているか
PlnXが最初に海外展開の軸として見据えたのが、台湾でした。
そこでは、招き猫は「珍しい日本文化」以上の意味を持ち始めています。
岡本氏が台湾に強い手応えを感じた背景には、
単なるインバウンド需要とは異なる、文化的な土壌があります。
台湾は、日本文化に対して非常に親和性が高い地域です。
アニメや漫画は生活の一部として定着しており、
日本の若者以上に「自国の文化」や「他国の伝統」に関心を持つ層も多い。
その延長線上で、
日本の伝統工芸品としての招き猫にも自然と視線が向けられています。
岡本氏が注目したのは、
台湾では「縁」や「金運」といった価値観が、
日本以上に日常に残っているという点でした。
それは宗教的というよりも、
生活文化として根付いている感覚に近いものです。
実際、台湾では次のような現象が起きています。
- 日本国内で販売されている招き猫が
数倍の価格で転売され、それでも購入されている - 日本で製造されたという事実そのものが価値になる
- 豪徳寺の人気と連動する形で、招き猫全体への関心が急速に拡大している
これらはすべて、
「日本の縁起物が欲しい」という一過性の流行ではありません。
興味深いのは、
この市場を主導しているのが日本人ではないという点です。
香港人を中心とした海外プレイヤーが、
日本の招き猫を仕入れ、
台湾向けに高価格で展開している現実があります。
そこには、
- 日本人が縁起物を転売しない文化
- 海外販売の知見や経験の不足
といった、日本側の構造的なギャップも存在しています。
岡本氏は、この状況を
「チャンス」と同時に「課題」だと捉えています。
本来、日本の文化である招き猫が、
日本人の手を離れた形で価値づけされている。
それ自体は否定されるものではありませんが、
もし日本側が主体的に関われなければ、
文化の文脈は簡単に薄れてしまう。
PlnXが目指しているのは、
この流れの中で日本発の解釈をきちんと提示することです。
台湾の現場では、
- 百貨店関係者
- 政府関係者
- 起業家や富裕層
といった層が、
「日本の伝統工芸としての招き猫」に強い関心を示しています。
単なるお土産ではなく、
語れる背景を持つオブジェとして受け取られているのです。
岡本氏が見ているのは、
台湾という市場そのものではありません。
台湾を通して見えてきたのは、
「世界は、きちんと文脈を持った日本文化を求めている」
という事実でした。
招き猫は、その入口として
非常に強い可能性を秘めています。
この海外での反応が、
PlnXの思想や制作姿勢を
より明確なものにしていきました。
これから大切にしたいこと

PlnXが描いている未来は、
「招き猫を流行らせること」ではありません。
文化として、産業として、持続させることです。
岡本氏は、自身を
「伝統産業に携わる一人の日本人であり、経営者」
だと語ります。
その視点の中心にあるのは、
職人と技術を、どう次の時代につなぐかという問いです。
日本の伝統工芸には、
すでに長い歴史と積み重ねられた技術があります。
しかし現実には、
- 後継者不足
- 国内需要の縮小
- 海外展開への心理的な壁
といった課題が、静かに産業を圧迫しています。
岡本氏が危機感を抱いたのは、
「良いものがあるのに、稼げない構造」が
当たり前になっている点でした。
PlnXが目指しているのは、
伝統工芸を守る対象にすることではありません。
技術と誇りを守りながら、
きちんと稼げる産業へと進化させること。
そのために、
世界市場を前提にした設計を行っています。
量産か、限定か。
コラボレーションか、単独展開か。
岡本氏は、
どれか一つに寄せる考えは持っていません。
大切にしているのは、
「何を作るか」よりも
「なぜ、それを作るのかが説明できるか」という点です。
招き猫は、もともと
人々の願いや思いが託されてきた存在です。
だからこそ、
- 過度に煽らない
- 意味を単純化しない
- デザインだけが先行しない
このバランスを崩さないことが、
未来につなげるための最低条件だと考えています。
海外で評価されているから作る。
売れるから量産する。
そうした短期的な判断ではなく、
文化として残るかどうかを基準に選択する。
その姿勢こそが、
PlnXという会社の芯になっています。
岡本氏は最後に、
招き猫についてこう語ってくれました。
「無理に定義しなくていい存在であってほしい」
「見る人それぞれの文脈で、自然に受け取られるもの」
それは、
縁起物であり、工芸であり、アートでもある。
どれか一つに閉じないからこそ、
招き猫は生き続けるのだと。
PlnXの挑戦は、
招き猫を“変える”ことではありません。
招き猫が、これからも世界で選ばれ続ける理由を、
丁寧に作り続けること。
その歩み自体が、
新しい伝統になっていくのかもしれません。
伝統と現代をつなぐ挑戦として、
招き猫を新たな形で捉える 株式会社PlnX・岡本氏(公式note)の取り組みもご紹介しています。


