この記事でわかること
- 海外の人の多くは、店先で招き猫と出会っている
- 台湾などでは金運を重んじる暮らしと重なっている
- 中国語では「招財貓」と訳され、現地生産のものも多い
- 置物としての招き猫は、江戸時代末期の日本で生まれた
招き猫が海外で親しまれている背景には、世界の店先で目にする機会の多さと、金運を大切にする暮らしとの重なりがあります。中国語圏では「招財貓」と訳され、現地で作られる招き猫も少なくありません。
ただ、海外の招き猫は姿も作られ方も日本のものと同じとは限らず、中国生まれだと思われることもあります。観光庁やJNTOが外国人向けに出している解説と、研究所の取材をもとに整理しました。取材先は、民俗学者の島村恭則氏です。
招き猫が海外で親しまれている理由
招き猫が海外で親しまれている理由は、出会う場所・暮らしの価値観・由来の物語の3つから説明できます。どれも、公的な解説や研究所の取材で語られてきたことです。
海外で親しまれる理由の要点
- 多くの人は、世界各地の飲食店や商店の店先で招き猫と出会う
- 台湾などでは「金運」を大切にする感覚と重なる
- 由来の物語や、日本の縁起物への関心が支えになっている
世界の店先で出会う縁起物
海外の人が招き猫を知るきっかけは、各地の飲食店や商店であることが多いようです。日本政府観光局(JNTO)の英語の発信によると、日本の外では、多くの人が世界の飲食店や店で招き猫を知ります。
研究所が話を聞いた民俗学者の島村恭則氏も、中国では飲食店で招き猫によく出会うと話しています。島村氏によれば、招き猫はアジアの各地に広がりました。欧米や韓国では、旅の土産や部屋の飾りとして選ばれているそうです。
あわせて日本招猫倶楽部によると、日本生まれの招き猫は、近年アジアをはじめ海外でも好まれるようになりました。日本人旅行者向けの土産物として作られた招き猫が、その土地に根づいた例もあるといいます。
つまり招き猫は、商いの場に置かれるという日本での役目を保ったまま、海外の店先にも広がりました。店を訪れるたびに目にする身近さが、親しまれる土台になっているといえるでしょう。
島村氏が語った招き猫の地域差と、海外へ渡った招き猫の話は、インタビュー記事で読めます。
金運を大切にする暮らしとの重なり
台湾などの中華圏では、招き猫が「金運」を大切にする暮らしの感覚と重なって受け止められています。そのことは、中国語の呼び名にも表れています。
観光庁が外国人旅行者向けに整えた解説の中国語版では、招き猫は「招財貓」と書かれます。字の上では「財を招く猫」と読め、金運を招く役目が呼び名の中心に置かれているのです。
あわせて日本招猫倶楽部は、日本生まれの招き猫が近年アジアをはじめ海外で好まれるようになったと紹介しています。
つまり、福を招く意味がすっと通じる土壌がある地域では、招き猫が受け入れられやすいと考えられます。
由来の物語への関心
招き猫は、形の背後にある物語ごと海外で関心を集めてきた縁起物です。島村氏によれば、猫の霊が宿った人形や養蚕の守り神といった物語の深さこそ、海外で面白がられている点でした。
島村氏が例に挙げたのは、招き猫ではなく、京都の伏見稲荷大社で狐の置物を求めた人の話です。ヨーロッパでは、持ち帰った狐の置物の前に鳥居のようなものを置き、SNSに載せる人もいるそうです。
島村氏は、日本のモノに「なんとなく効き目があるのでは」という感覚を持つ人が、日本人以外にも一定数いると見ています。そのうえで、招き猫は日本文化の象徴になりうる存在だとも話していました。
つまり、由来を語れることが、海外での価値を支えていると読めるでしょう。
招き猫の由来として伝わる諸説と、記録に残る事実の違いは、由来の記事で整理しました。
招き猫の手や色、小判をタトゥーの図案にしたときの意味は、次の記事で紹介しています。
日本の招き猫と外国の招き猫の違い
日本の招き猫と外国で見かける招き猫は、呼び名・作られる場所・よく見る姿に違いがあります。ただし、手を上げて福や客を招くという基本の形は変わりません。別物というより、同じ縁起物が土地ごとに見せる姿と捉えられるでしょう。
呼び名や作られる場所の違い
日本と海外の招き猫を比べると、名前と生産地にいちばん大きな違いが表れます。主な違いは次の表のとおりです。
日本の招き猫と海外で見かける招き猫の違い
| 比べる点 | 日本の招き猫 | 海外で見かける招き猫 |
|---|---|---|
| 呼び名 | 招き猫 | 英語圏ではmaneki-nekoやlucky cat、中国語では「招財貓」「招财猫」 |
| 作られる場所 | 常滑・瀬戸などの産地 | 中国など現地で作られ、流通するものが多い |
| よく見る姿 | 三毛猫が小判を抱える姿が定番 | 手が自動で動く金色のものも見られる |
| 置かれる場所 | 商店・飲食店・家庭、寺社の授与品 | 飲食店や商店、各地のチャイナタウン |
表の生産地とよく見る姿は、島村氏が研究所の取材で語った内容にもとづきます。日本招猫倶楽部も、瀬戸市や常滑市などの国内産地とあわせて、海外での生産が盛んだと紹介しています。
そのため、日本で作られた招き猫を選びたいときは、箱や本体の産地表示を確かめるのが確実です。英語での呼び方の違いや、手招きのしぐさの伝え方は、英語の記事で詳しく扱いました。
中国語圏の「招財貓」
中国語圏では、招き猫は「招財貓」(繁体字)、「招财猫」(簡体字)と書かれます。観光庁が外国人旅行者向けに整えた常滑焼の招き猫の解説でも、中国語版ではこの言葉が使われていました。
字の上では「財を招く猫」と読め、金運を招く役目が名前に表れています。一方で日本語の「招き猫」は、招く相手を名前に含んでいません。
島村氏によると、中国の飲食店で見かける招き猫には、手が自動で動く金色のものも含まれます。その多くは日本から輸入されたものではなく、現地で作られ、流通しているそうです。
あわせて島村氏は、中国でも日本由来らしいと受け止められていると話します。それでも招き猫は、もう現地の文化の一部になっているそうです。つまり招財貓は、日本生まれの形が中国語圏で育った姿といえるでしょう。
金色の招き猫に込められてきた意味は、日本の作り手の説明をもとに別の記事でまとめています。
招き猫の発祥国はどこか
招き猫の発祥国は日本です。辞典や博物館の記録をたどると、置物としての招き猫は江戸の町で生まれ、のちに海外へ渡ったことがわかります。
置物の記録が残るのは江戸時代末期の日本
置物としての招き猫は、江戸時代末期の江戸の町で生まれたとされています。JNTOの英語記事にも、日本が発祥だと明記されています。
記録で確かめられる早い例が、今戸焼でつくられた「丸〆猫(まるしめねこ)」という土人形です。京都文化博物館によると、丸〆猫は嘉永5年(1852年)に江戸で評判になりました。
同じ年に歌川広重が描いた錦絵も、江戸東京博物館がデジタルアーカイブで公開中です。とはいえ京都文化博物館によれば、手を挙げた猫の人形がいつ生まれたかを示す資料は見つかっていません。
そのため、「いつ」は確定できなくても「どこで」は日本だと、記録から確かめられます。発祥を名乗る寺社や土地の諸説は、発祥の地の記事で比べました。
中国生まれと思われやすい理由
招き猫が中国生まれと誤解されやすいのは、中華圏の店先やチャイナタウンで目立つためです。英語メディアのnippon.comによれば、チャイナタウンとの結び付きが強まり、中国発祥と思う人が多くなりました。
あわせて、手招きの姿には中国に由来する話も重ねられてきました。顔を洗う猫を見ると客が来るという言い伝えで、世界大百科事典(旧版)は中国の故事から来たものと説明しています。
ただし、この話は手招きの形に後から結び付けられたもので、置物の起こりを示すものではありません。言い伝えの源に中国が関わっていても、記録に残る最初の招き猫の置物は、江戸の今戸焼です。
つまり、中国とのつながりは「言い伝え」と「現在の流通」にあり、置物の誕生は日本にあります。この二つを分けて考えると、発祥をめぐる混乱を避けられるでしょう。
中国や台湾などで見かける招き猫と日本の招き猫の、姿や呼び名の違いは、次の記事で比べています。
招き猫が海を渡った道のり
招き猫が海外に広がった道は、産地からの輸出と、美術館が残す記録からもたどれます。日本の招き猫の産地は、早い時期から海外向けのやきものづくりに関わってきました。
輸出の置物を手がけた瀬戸
愛知県の瀬戸は、大正時代から海外向けの置物を作ってきた産地です。輸出用の置物は「ノベルティ」と呼ばれ、兵庫陶芸美術館はその生産が大正時代に本格化したと紹介しています。
きっかけは第一次世界大戦で、アメリカではそれまで主な輸入先だったドイツから置物が届かなくなります。その代わりを担ったのが瀬戸で、石膏の型による生産が始まり、戦後には最盛期を迎えました。
石川県の九谷焼の招き猫も、大正時代に輸出された記録があると朝日新聞の「sippo」は伝えています。
だからこそ、招き猫の海外への広がりは、近年の流行だけで語れるものではありません。産地がおよそ100年前から海の向こうを見ていたことも、背景の一つなのです。
瀬戸の招き猫の特徴と、古瀬戸と呼ばれる細身の姿は、瀬戸焼の記事で詳しく取り上げました。
海外の美術館が収蔵する招き猫のデザイン
招き猫は、海外の美術館で日本のデザインの資料としても収蔵されています。香港の美術館M+の収蔵品には、ポスター「Cat in Japan」があります。日本招猫倶楽部の依頼で、横尾忠則氏がデザインした作品です。
M+の解説は、招き猫を象徴的な「beckoning cat」と呼び、日本で広く知られた幸運の象徴だと紹介しています。ポスターには、昇る太陽を背景に立つ3体の招き猫や、鳥居が描かれていました。
あわせて解説は、宗教的な伝統と民間の信仰を、くだけたグラフィックで組み合わせた作品だと評しています。つまり招き猫は、現代日本が伝統を読み直す題材として海外の美術館に記録されたのです。
土産物や店先の飾りだけでなく、デザインの歴史の中にも招き猫の居場所があることは、海外での関心の幅広さを物語っています。日本の招き猫の歩みを通して知りたい人は、歴史の記事も参考になるでしょう。
大正の輸出から100年以上がたち、瀬戸の窯ではいまも招き猫が作られています。海外へ紹介するなら、その産地でいまどんな一体が生まれているのかも気になるところです。
瀬戸焼の招き猫「Luxen Maneki」を展開するのは、招き猫研究所を営む株式会社日本招き猫総合研究所です。金彩は、伝統窯の職人が一体ずつ手で描き入れています。
よくある質問
Q. 招き猫は海外でも人気がありますか?
A. アジアを中心に、海外でも親しまれているといえます。日本招猫倶楽部は、日本生まれの招き猫が近年はアジアなどの海外でも好まれていると紹介しました。JNTOも、日本の外の多くの人が世界の飲食店や店で招き猫に初めて出会うと書いています。
Q. 海外で売られている招き猫は日本製ですか?
A. 日本製とは限りません。日本招猫倶楽部は、瀬戸市や常滑市などの国内産地とあわせて、海外での生産も盛んだと紹介しています。中国などの店先で見かける招き猫には、現地で作られたものも多くあります。日本の産地のものを選びたいときは、本体や箱の産地表示を確かめましょう。
Q. 招き猫は英語で何と呼ばれていますか?
A. 基本はローマ字表記のmaneki-nekoです。ほかにbeckoning catやlucky catとも呼ばれます。beckoning catは手招きする姿を、lucky catは福を招く役目を表す呼び方です。観光庁の英語解説は、maneki neko (lucky cats)のように両方を並べて書いています。
招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」
海外で親しまれる招き猫だからこそ、日本の産地で作られた一体を選びたい人もいるでしょう。ただ、店頭では国内産か海外産か、どのように作られたのかまでは分かりにくいものです。
研究所の運営会社が手がける「Luxen Maneki」は、六古窯の一つ・瀬戸焼の招き猫です。注文が入ってから職人が金彩を手で描き入れ、仕上がりまでに約4〜6週間をかけています。
届けるときは、特製の桐箱に納めています。桐は湿気を吸ったり吐いたりする木で、昔は金庫の内箱の材料にもなりました。
まとめ
招き猫が海外で親しまれているのは、世界の店先で出会う機会が多いことに加え、金運を大切にする暮らしと重なるためです。由来の物語まで知りたいという関心も、その人気を支えています。
海外では中国語で「招財貓」と訳され、現地で作られた金色の招き猫も多く見られます。ただし、置物としての招き猫が生まれたのは江戸時代末期の日本です。
海外の招き猫と見比べるときは、呼び名・生産地・姿の3点に注目してみましょう。日本の産地のものを選ぶなら、産地表示を確かめることから始めてください。








