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産地と窯元

伊万里焼と有田焼の招き猫とは?名前の違いや技法を解説

この記事でわかること

  • 伊万里焼と有田焼は、同じ有田周辺の磁器を指す呼び名
  • 江戸は積み出し港の名、明治以降は産地の町の名で広まった
  • 招き猫の絵付けは、白磁・染付・色絵などの技法で見分ける
  • 春の陶器市や伊万里の大川内山で、窯元の品に出会える

伊万里焼と有田焼の招き猫は、佐賀県有田町とその周辺で焼かれる磁器の招き猫です。二つの名前は、江戸時代の積み出し港の名と、産地の町の名から生まれた呼び方の違いにすぎません。

店で「伊万里焼の招き猫」と「有田焼の招き猫」を見かけ、別の産地の品なのか迷った人もいるでしょう。呼び名の由来と磁器の技法を知っておくと、表示から一体の成り立ちを読み取れるようになります。

この記事では、伝統的工芸品の解説や有田町・伊万里市の観光団体、産地の組合が公開する情報をもとにまとめました。歴史と技法、窯元を訪ねられる催しまでを順に取り上げます。

伊万里焼と有田焼の招き猫とは

伊万里「色絵桜花鷲文大皿」。金彩と赤で鷲と桜を描いた大皿
伊万里「色絵桜花鷲文大皿」江戸時代・18世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

伊万里焼や有田焼の招き猫は、白い磁肌と絵付けを生かした磁器の置物です。まずは産地の範囲と、二つの名前の関係を整理しておきましょう。

伊万里焼と有田焼の招き猫の要点

  • 伝統的工芸品としての名前は「伊万里・有田焼」
  • 江戸時代は伊万里焼、明治以降は有田焼の名が広く使われた
  • 器が中心の産地で、招き猫は置物として作られている

有田とその周辺で焼かれる磁器の招き猫

伊万里焼と有田焼は、国の伝統的工芸品では「伊万里・有田焼」という一つの名前で扱われています。青山スクエアの解説によると、主要な製造地域は佐賀県の伊万里市・武雄市・嬉野市と有田町です。

伊万里・有田焼の概要

項目内容
伝統的工芸品の名前伊万里・有田焼(いまり・ありたやき)
分類磁器
主要な製造地域佐賀県伊万里市、武雄市、嬉野市、西松浦郡有田町
主な製品和洋食器、装飾品
特色白く美しい磁肌、華やかな絵付け、丈夫さ

主な製品が和洋食器と装飾品であるとおり、この産地の中心は器づくりです。招き猫は、装飾品にあたる置物として、窯元や販売店がそれぞれに手がけています。

一方で、招き猫の主な産地として日本招猫倶楽部が挙げるのは、愛知県の瀬戸市や常滑市、石川県の金沢市などです。佐賀県の名前はそこにありません。

つまり伊万里焼や有田焼の招き猫は、招き猫の専門産地ではなく、磁器の名産地が生む一体といえます。同じ倶楽部は、招き猫を日本生まれの縁起物と紹介しています。

縁起物の招き猫と、器で名を上げた磁器の技が出会ったのが、この産地の招き猫なのです。招き猫を主に作ってきた産地との違いは、産地ごとの特徴をまとめた記事で紹介しています。

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伊万里焼と有田焼の呼び名の関係

伊万里焼と有田焼は、実体は同じ磁器を指す二つの呼び名です。山川出版社の日本史小辞典も、有田焼の実体は伊万里焼と同一だと説明しています。

伊万里焼と有田焼の呼び名の違い

呼び名名前の由来主に使われた時代
伊万里焼製品を積み出した伊万里港江戸時代。海外ではIMARIとも呼ばれた
肥前焼産地を含む地域の旧国名「肥前」江戸時代
有田焼磁器を焼く有田の町明治以降に広く使われるようになった

有田で焼いた磁器は、近くの伊万里の港から全国や海外へ運ばれました。そのため江戸時代の人々は、港の名をとって伊万里焼と呼んだのです。

伊万里市には、江戸時代の陶器商人の家を残した資料館もあり、港町が焼き物の商いで栄えたことを伝えています。明治に入ると、作られた町の名をとった有田焼の呼び方が広まりました。

なお日本国語大辞典は、伊万里焼を有田焼や大川内焼、平戸焼などを含む磁器の総称と説明しています。今の伊万里市大川内山の窯元は、藩の窯の流れをくむ鍋島焼の産地でもあります。

そのため、表示に「伊万里焼」とあれば、有田周辺の磁器か、大川内山の窯元の品かを確かめるとよいでしょう。どちらにしても、同じ肥前の磁器の流れにある一体です。

有田焼と伊万里焼の歴史

有田焼の歴史は、17世紀初頭に日本で最初の磁器を焼いたことから始まります。藩の献上品と海外への輸出が、この産地の技を磨いてきました。

日本ではじめての磁器

有田の磁器づくりは、泉山で磁器の原料となる陶石が見つかったことがきっかけです。見つけたのは、朝鮮半島から渡ってきた陶工の李参平(金ヶ江三兵衛)らと伝えられています。

地元の文献が伝えるその時期は、1616年(元和2年)でした。日本の磁器はここから始まったといわれる、と青山スクエアの解説も紹介しています。

はじめのころの有田の磁器は、藍色一色で描く染付が中心で、中国の磁器の影響を強く受けていました。1640年代になると、初代酒井田柿右衛門が釉薬の上に色を重ねる色絵に成功したとされています。

あわせて有田の技術は、ほかの産地にも伝わりました。石川県の九谷焼は、大聖寺藩が家臣を有田に送って製陶を学ばせたことから始まったとされています。

色絵磁器の二つの産地には、こうした始まりのつながりがあるのです。九谷焼の招き猫は、別の記事で紹介しています。

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海を渡ったIMARIと鍋島の窯

有田の磁器は、17世紀半ばからオランダ東インド会社を通じて海外へ大量に送られました。東インド会社から大口の注文が届いたのは1659年で、これを機に輸出の体制が一気に整ったと辞典は伝えています。

有田焼と伊万里焼の主な歩み

時期出来事
17世紀初頭泉山で陶石が見つかり、磁器づくりが始まる
1640年代色絵の技法が生まれる
1659年オランダ東インド会社から大口の注文が届く
17世紀後半鍋島藩の窯が伊万里市の大川内山へ移る
1867年(慶応3年)パリ万国博覧会に出品し、海外で名を高める

ヨーロッパの王侯貴族は、有田の磁器をIMARIと呼んで集めました。柿右衛門様式の色絵は、ドイツのマイセン窯などで写されるほど好まれたと有田観光協会は紹介しています。

一方で国内では、鍋島藩が大川内山に窯を移し、将軍家や大名への献上品を焼かせました。技法の流出を防ぐために関所を設けたと、伊万里鍋島焼協同組合は伝えています。

伊万里焼や有田焼の招き猫は、献上品と輸出品で絵付けの技を磨いた産地から生まれています。江戸の今戸焼の土人形から広まった招き猫とは、出発点の異なる流れといえるでしょう。

招き猫に見る有田焼の技法

伊万里「染付吹墨白鷺図皿」。青い吹墨で白鷺を描いた皿
伊万里「染付吹墨白鷺図皿」江戸時代・17世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

有田焼の招き猫は、白い素地にどの技法で色をのせたかで印象が大きく変わります。技法の名前を知っておくと、商品の表示から仕上げ方を読み取れるでしょう。

白磁・染付・色絵の違い

有田焼には、釉薬の下に描くか、上に描くかで分かれる絵付けの技法があります。有田観光協会が紹介する主な技法を、表にまとめました。

有田焼の主な技法

技法仕上げ方招き猫で見るときの目安
白磁透明な釉薬をかけ、素地の白さを生かす絵付けの少ない白い一体
染付呉須で釉薬の下に藍色の絵を描く藍色の線や模様
色絵焼き上げた上に赤・黄・緑・金などで描く多色の模様
金襴手濃い染付に赤や金をたっぷり重ねる金と赤が目立つ華やかな模様
青磁鉄分をわずかに含む釉薬で青緑色に全体が淡い青緑色

金襴手は、江戸時代の元禄期に現れ、いまも受け継がれている様式です。装飾の効果が高く、輸出先のヨーロッパでも好まれたと観光協会は説明しています。

ただし、招き猫にどの技法を使うかは窯元ごとに異なります。表示に技法の名前があれば、白・藍・多色・金のどれを主役にした一体かを想像する手がかりにしてください。

白や金の招き猫に込められてきた意味は、色の記事でそれぞれ紹介しました。

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分業で仕上げる工程

伊万里・有田焼は、工程ごとに腕の立つ職人が分担して作るやきものです。青山スクエアの解説によると、土づくりから上絵付けの焼成まで、それぞれの職人が受け持つことが大半だといいます。

伊万里・有田焼の主な工程

工程内容
成土・成形陶石を砕いて粘土にし、ろくろや型で形を作る
素焼き約850〜950度で焼く
下絵付け・施釉呉須で絵を描き、釉薬をかける
本焼成約1300度まで温度を上げて焼く
上絵付け色絵具で描き、760〜830度で焼き付ける

中でも筆で描く絵付けは、熟練を必要とする仕事です。佐賀県立九州陶磁文化館は、筆描きの絵付けで一人前になるには5年ほどかかると答えています。

研究所が訪ねた常滑の梅月冨本人形園でも、もっとも神経を使うのは招き猫の目を入れる工程だと聞きました。一度引いた線は描き直せないので、筆をおろす一瞬に迷いを残せないといいます。

産地も素材も違いますが、筆の一手で表情が決まる点は共通しています。絵付けの線に目を向けると、職人の仕事が見えてくるでしょう。

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筆で描く磁器の絵付けは、有田だけでなく、各地の窯で職人の手に受け継がれています。いまの招き猫で、手描きの仕事を確かめられる一体はどこにあるのでしょうか。

その一つが「Luxen Maneki」で、招き猫研究所の運営会社である日本招き猫総合研究所が展開するブランドです。素地は六古窯の一つ・瀬戸焼で、伝統窯の職人の手で、金彩が一体ずつ描き入れられています。

有田と伊万里で磁器に出会える場所

有田と伊万里では、春と秋に窯元の品がそろう催しが開かれます。表の日程と時間は、各公式サイトの2026年10月時点の掲載内容です。

有田陶器市と秋の有田陶磁器まつり

有田焼をまとめて見るなら、毎年4月29日から5月5日に開かれる有田陶器市を訪ねるのが近道でしょう。有田観光協会によると、会場は町内一円で、主にJR有田駅から上有田駅の周辺に店が並びます。

有田の主な催し(2026年10月時点)

催し開催日会場
有田陶器市毎年4月29日〜5月5日有田町内一円(主にJR有田駅〜上有田駅周辺)
第22回 秋の有田陶磁器まつり2026年11月19日(木)〜23日(月・祝)有田町内

出典:有田観光協会 ありたさんぽ「イベント」

陶器市は、陶磁器の品評会の協賛行事として始まり、いまに続く催しだと観光協会は伝えています。秋の陶磁器まつりでは、窯元が薪窯の窯焚きを特別に公開する催しも予定されているのです。

なお、招き猫を扱う店は年や窯元によって変わります。目当ての品があるなら、窯元や販売店の案内を事前に確かめておくと安心でしょう。

伊万里・大川内山の窯元

伊万里市の大川内山には、藩の窯の流れをくむ29の窯元が集まっています。伊万里鍋島焼協同組合によると、伊万里鍋島焼会館では、各窯元の代表作を見て買うこともできるそうです。

大川内山の主な催し(2026年10月時点)

催し開催日内容
鍋島藩窯 窯元市毎年4月29日〜5月5日(9時〜17時)29の窯元が一堂に会する
鍋島藩窯秋祭り2026年11月20日(金)〜24日(火)先人の陶工に感謝する行事と窯元市

出典:伊万里鍋島焼協同組合「鍋島藩窯 窯元市」
出典:伊万里鍋島焼協同組合「鍋島藩窯秋祭り」
出典:伊万里鍋島焼協同組合「観光情報」

秋祭りでは、職人が使い終えた筆を供養する筆供養も毎年11月4日に営まれています。一方で藩窯公園の登り窯は、若い窯元に技術を伝えるため、毎年9月ごろに共同で使われているそうです。

狭い谷あいに窯元が並ぶため、歩いて回りながら作風の違いを比べられます。通販や専門店も含めた買い方は、別の記事で整理しました。

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よくある質問

Q. 招き猫の三大産地はどこですか?

A. 「三大産地」を公的に定めたものはありません。愛知県の観光サイトでは、瀬戸と常滑が招き猫の「二大産地」と呼ばれています。日本招猫倶楽部も、金沢市・小松市(石川県)や多治見市(岐阜県)、常滑市、瀬戸市などを主な産地に挙げています。有田や伊万里は、器で名を知られてきた磁器の産地といえるでしょう。

Q. 古伊万里とは何ですか?

A. 伊万里港から積み出された、有田周辺の古い時代の磁器を指す呼び名です。日本国語大辞典は元禄以前の作を古伊万里と説明しています。一方で伊万里市の陶器商家資料館は、江戸後期から明治初めにかけての古伊万里を公開しています。指す時代には、資料によって幅があるのです。

Q. 波佐見焼も伊万里焼に含まれますか?

A. 日本国語大辞典は、伊万里焼を有田焼や平戸焼、波佐見焼などを含む磁器の総称と説明しています。ただし現在の伝統的工芸品「伊万里・有田焼」の主要な製造地域は、伊万里市・武雄市・嬉野市・有田町の佐賀県内の4市町です。

招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」

伊万里焼や有田焼の招き猫を知ると、白い磁肌にどんな筆が入ったのかを確かめて選びたくなります。とはいえ、器を中心とする産地だけに、招き猫として納得できる一体を探すのは簡単ではないでしょう。

研究所が手がける「Luxen Maneki」は、伝統窯の職人が金彩を手描きする瀬戸焼の招き猫です。受注生産で一点ずつ作るため、注文からお届けまではおよそ4〜6週間かかります。

お届けには特製の桐箱を用いています。湿気を吸って吐き、燃えにくいという桐の性質から、この木はかつて金庫の内箱にも使われていました。

まとめ

伊万里焼と有田焼は、有田とその周辺で焼かれる同じ磁器の二つの呼び名です。江戸時代は積み出し港の名で伊万里焼と呼ばれ、明治以降に産地の町の名をとった有田焼が広まりました。

招き猫を選ぶときは、白磁・染付・色絵・金襴手といった技法の表示から、仕上げ方を読み取りましょう。表示が伊万里焼なら、有田周辺の品か大川内山の窯元の品かを確かめると安心です。

実物を見るなら、春の有田陶器市や大川内山の窯元市が機会になります。誰がどんな筆で描いた一体かを知ったうえで迎えると、器の名産地が生んだ招き猫への愛着が深まるでしょう。