「招き猫って、誰が作っているんだろう」。
そう思ったことは、ありませんか?
お店の入口や玄関でよく目にする招き猫ですが、それを生み出す「職人」の存在を意識する機会は、意外と少ないかもしれません。
招き猫は、土をこねて形を作り、釉薬をかけて焼き、絵付けを施して完成します。
その工程のひとつひとつに、職人の技と判断が宿っています。
産地によって、職人の仕事のあり方も、作品の個性も大きく違います。
この記事では、招き猫を作る職人とはどういう存在なのか、窯元に受け継がれてきた技と美意識とともに紐解いていきます。
より詳しく知りたい方は『招き猫を作る窯元とは?産地ごとに受け継がれてきた職人の世界』もご覧ください…!
招き猫の職人とは何か?その仕事の全体像

招き猫が完成するまでの工程
招き猫は、完成するまでにいくつもの工程を経ます。
大きく分けると、次のような流れです。
- 土作り:原料となる土を精製し、成形に適した状態に整える
- 成形:型に土を押し込んだり、ろくろを使ったりして招き猫の形を作る
- 乾燥:成形した招き猫をゆっくり乾燥させ、割れを防ぐ
- 素焼き:低温で一度焼いて、釉薬が乗りやすい状態にする
- 釉薬がけ:色や質感を決める釉薬を塗る
- 本焼き:高温の窯で焼き上げ、招き猫として完成させる
- 絵付け・彩色:焼き上がった後、または焼成前に色や模様を描く
これだけの工程があるため、職人には陶磁器に関する幅広い知識と、長年かけて培った感覚が必要です。
土の硬さ、乾燥の具合、窯の温度と火加減。
数値で管理できる部分もありますが、最終的には職人の目と手が、招き猫の出来栄えを決めます。
一人の職人がすべてを担う場合と、分業の場合
招き猫を作る職人の働き方は、窯元の規模や方針によって大きく異なります。
小規模な窯元では、一人の職人が成形から絵付けまで、すべての工程を担うケースがあります。
この場合、作品のすべてに職人個人の個性と感性が反映されます。
「この招き猫は、あの職人が作ったもの」と言える、作り手の顔が見える招き猫です。
一方、ある程度の規模を持つ窯元では、成形担当・釉薬担当・絵付け担当と、工程ごとに職人が分業しています。
それぞれの専門職人が技を極めることで、高い品質を安定して保てます。
常滑のように大量生産の体制が整った産地では、こうした分業体制が発達してきました。
産地ごとに異なる職人の技|常滑・瀬戸・九谷

常滑の職人:量産と手仕事の両立
愛知県常滑市は、日本最大の招き猫産地です。
日本六古窯のひとつとして1000年以上の歴史を持ち、全国で流通する招き猫の多くが常滑産といわれています。
常滑の職人が培ってきた技の特徴は、「型」を使った量産技術と、手仕事の感性の両立にあります。
石膏型に土を流し込んで成形する「鋳込み成形」の技術が発達しており、安定した品質の招き猫を多く作れます。
しかし型を使うからといって、職人の手仕事が不要になるわけではありません。
型から外した後の仕上げ、表情の微調整、釉薬のかけ方。
こうした細部に、常滑の職人の目と手が宿っています。
また常滑では、伝統的な手びねりや型起こしの技法を守り続ける職人も存在します。
「量産できるから手仕事はいらない」ではなく、「量産の中にも手仕事を残す」という姿勢が、常滑の招き猫の素朴な温かみを生み出しています。
瀬戸の職人:絵付けに宿る個性
愛知県瀬戸市も、常滑と並ぶ招き猫の主要産地です。
「せともの」という言葉が陶磁器全般を指すようになったほど、日本の陶磁器文化に深く根づいた産地で、白磁を活かした繊細な絵付けが瀬戸の職人の真骨頂です。
瀬戸の絵付け職人は、筆一本で招き猫の表情と個性を決めます。
目の描き方、口元の形、髭の細さ。
同じ型から生まれた招き猫でも、絵付けが違えばまったく別の表情になります。
「瀬戸の招き猫は窯元ごとに顔が違う」といわれる理由は、絵付け職人の個性がそのまま作品に宿るからです。
瀬戸の絵付け職人のなかには、何十年もかけて自分だけの筆使いを磨き続けている人もいます。
招き猫の絵付けは、単なる彩色作業ではなく、職人が招き猫に「命を吹き込む」最後の工程です。
九谷の職人:工芸としての美意識
石川県南部を産地とする九谷焼は、赤・緑・黄・紫・紺青の「九谷五彩」による華やかな色絵が特徴です。
九谷の職人が手がける招き猫は、縁起物というより「工芸品」としての側面が強く、産地のなかで最も装飾性が高いといわれています。
九谷焼は、江戸時代に加賀藩の庇護のもとで発展した美術工芸です。
武家や上流階級に納める品として、精巧さと美しさが求められてきました。
その歴史的背景が、今も九谷の職人の美意識に受け継がれています。
九谷の絵師は、招き猫の白い素地を「キャンバス」として扱います。
細密な草花文様、大胆な幾何学模様、伝統的な吉祥文様。
職人によって表現はさまざまですが、「美しいものを作る」という美意識は共通しています。
九谷の職人が作る招き猫は、飾ることへの喜びを届けてくれます。
職人が守り続けてきた「縁起物の正体」
型を守ることの意味
招き猫の職人が大切にしてきたもののひとつに、「型」があります。
窯元によっては、明治時代や大正時代から使い続けている古い型が今も現役で使われています。
なぜ古い型を守るのでしょうか。
それは、型に産地の歴史と美意識が刻まれているからです。
先代の職人が「こういう形が一番いい」と判断して作った型には、試行錯誤の末に辿り着いた美しさが宿っています。
その型を守ることは、先人の美意識を次の時代に繋ぐことでもあります。
同時に、型を守ることは「産地の個性を守ること」でもあります。
常滑には常滑らしい丸みがあり、瀬戸には瀬戸らしい繊細さがある。
型が変わればその個性も変わります。
職人が型を守り続けることで、産地ごとの招き猫の違いが今も保たれています。
願いを込めて作るということ
招き猫の職人が語るとき、「縁起物を作っているという意識は常にある」という言葉をよく聞きます。
食器や花瓶と違い、招き猫には「福を招く」という明確な意味があります。
その意味を知ったうえで作るのと、知らずに作るのとでは、作り手の姿勢が変わってきます。
常滑の職人のなかには、成形するとき・絵付けするとき、手を動かしながら「これを迎える人に福が来ますように」と心の中で念じる方もいるといいます。
それが直接、招き猫の形や色に現れるわけではありません。
でも、そうして作られた招き猫には、作り手の想いが宿っている、と感じる方は多いのではないでしょうか。
縁起物の正体とは、突き詰めれば「人の願いが込められたもの」だといえます。
招き猫を迎える人の願いと、それを作る職人の想いが重なる場所に、招き猫の本当の意味があるのかもしれません。
現代の職人が直面する課題と、招き猫の未来
後継者問題と産地の今
招き猫を作る職人が直面している現実のひとつが、後継者不足です。
常滑・瀬戸・九谷のいずれの産地でも、高齢化と後継者の不在が課題となっています。
陶磁器の職人になるには、長い修業期間が必要です。
一人前の職人として認められるまでに、10年以上かかることも珍しくありません。
その間の収入の不安定さや、物理的なきつさから、若い世代が職人の道を選ぶケースが減っています。
一方で、近年は伝統工芸への関心が高まり、若い職人が産地に入るケースも増えてきています。
インターネットやSNSを通じて窯元の発信を見て「ここで働きたい」と訪ねてくる若者も増えているといいます。
産地の課題は深刻ですが、変化の兆しも確かにあります。
伝統を守りながら、新しい表現へ
現代の職人のなかには、伝統的な技法を守りながら、現代のデザイン感覚を取り入れた招き猫を作る人も増えています。
現代アーティストとのコラボレーション、海外市場を意識したデザイン、素材や色使いの革新。
こうした挑戦は、「伝統を壊している」のではなく、「伝統を次の時代に渡すための工夫」として捉えられています。
招き猫という縁起物の本質——「福を招く」「人の願いを形にする」という役割——は変わりません。
その本質を守りながら、表現の方法を時代に合わせて変えていくことが、職人たちが今取り組んでいることです。
産地の職人が手を動かし続ける限り、招き猫という文化は次の時代へと受け継がれていきます。
そしてその一体一体に、職人の技と想いと美意識が宿り続けます。
日本初の招き猫専門メディア『招き猫研究所』

招き猫研究所では、招き猫を『縁起物の雑学』ではなく、日本が育んできた文化として伝えていきたいと考えています。
窯元や産地、職人さんの想いが込められた招き猫の世界を、もっと多くの方に届けたい。
そんな思いで、記事を書いています。
「招き猫って、もっと深いんだ」と感じていただけたら、『産地と窯元』の記事もご覧になってみてください。
まとめ
招き猫の職人は、産地ごとの土と技術と歴史を背景に、今も手を動かし続けています。
- 常滑:型と量産技術を活かしながら、手仕事の温かみを守る職人たち
- 瀬戸:絵付けの筆一本で招き猫の命を吹き込む、個性ある職人たち
- 九谷:工芸としての美意識を宿らせ、飾る喜びを届ける職人たち
職人が守り続けてきた縁起物の正体は、「人の願いを形にする技と想い」です。
招き猫を選ぶとき、産地と職人のことを知っていると、その一体の持つ意味がきっと深まります。
どこの産地の、どんな職人が作ったのか。
それを知った上で迎えた招き猫は、ただの縁起物ではなく、日本の手仕事と美意識が宿った、本物の一体になるはずです。
