谷中堂の招き猫とは?“デザインする”という仕事 ─ 谷中堂・浅野さんに聞く

窯元・つくり手のお話
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谷中の路地を歩いていると、招き猫に出会う機会は少なくありません。
けれど谷中堂の店先で足が止まるのは、数の多さ以上に、並ぶ招き猫たちの表情と佇まいに、どこか“芯のやわらかさ”を感じるからです。

この店の招き猫は、声高に何かを主張しません。
ただ、見ていると気持ちが少しほぐれるような顔をしている。

その背景には、谷中堂のオーナーであり、デザインの現場に長く立ってきた浅野さんの視点があります。
今回は「売れている理由」ではなく、「なぜ、この形なのか」を中心に、谷中堂の歩みと招き猫への向き合い方を聞きました。

谷中堂と浅野さんについて

谷中堂の始まりは、最初から「招き猫専門店をやろう」という計画ではなかったと言います。

浅野さんは、共同経営者の方とともにデザイン事務所を立ち上げ、当初はジュエリー関連のデザインやペーパーデザインを手がけていました。ところがバブル崩壊後、贅沢品として先に影響を受けやすい領域でもあったことから、取引先の状況は厳しくなっていきます。

「ジュエリーって結構贅沢品なので、一番最初に厳しくなっちゃうんですよね」

取引先の倒産が続く中で、「バブル後は縁起が悪いよね」といった空気もあった。
そのときに出てきたのが、逆方向の発想でした。

「みんなも縁起悪いなって思ってるから、縁起のいいもの始めたいよねっていうことで始めたんですよ」

最初は招き猫だけではなく、フクロウや七福神、無事に帰るの蛙など、縁起物を集め、粘土で手作りしながら販売していたそうです。量産はできないけれど、一つずつ自分たちの手で作り、事務所の一角で売っていた。

そして、谷中という土地が持つ「猫の町」の空気が、自然に流れを決めていきます。

「この谷中の町がね、猫がすごい多かったんですよ。猫を見に、写真を撮りに、そういう人たちが集まってきて…猫の町って言われたんですね」

“縁起物の中でも、ここは招き猫じゃないのかな”。
その感覚から、谷中堂は気づけば招き猫が中心になっていき、やがて専門店になっていった。

「そうしようって思って始めたっていうよりも、気がついたら招き猫ばっかりになっちゃって」

計画よりも、土地の空気と来店する人の流れが、店の輪郭を作っていったことが伝わってきます。

谷中堂のデザイナーさんから見た、招き猫という存在

谷中堂の招き猫は、瀬戸焼をベースにしています。瀬戸市の業者に焼いてもらい、それを店側で仕上げていく形。デザインに関わる人は10人ほどいて、制作に参加しているそうです。

「瀬戸市の業者さんに焼いてもらって、それを送ってもらい、うちで絵付けをしてます。デザイナーさんも10人ぐらいいます」

ここで印象的だったのは、浅野さんが「縁起物としてのデザイン」を、装飾や目立たせ方として語らなかったことです。
むしろ繰り返し出てきたのは、表情でした。

「顔はね、命ですよね。お人形は」
「可愛い・良い表情の(福を招きそうな)顔にできたのが、ちょっとこれ良いんじゃない?って」

さらに、谷中堂が大切にしているコンセプトを尋ねると、返ってきた言葉はとてもシンプルでした。

「コンセプトは幸せが多い。…見たらちょっと幸せな気分になる、そういうものを」

“縁起物だから強い顔にする”でも、“縁起物だから威厳を出す”でもない。
まず「見たときに、幸せ側に寄る」。その設計思想が、谷中堂の店先に並ぶ招き猫たちの共通言語になっているように感じます。

また、デザインが「華やかにできた時」、特に“柄”がうまくまとまった時に、手応えがあるとも話してくれました。

「華やかにできた時かな。柄がね」

縁起物のデザインを、何かの力の強弱ではなく、空間に置かれたときの明るさとして捉えている。ここに谷中堂らしさがあります。

谷中堂の「思いが形になる」という感覚について

谷中堂の招き猫づくりは、工芸の現場と似ていながら、少し違う立ち位置にもあります。
瀬戸で焼かれた“素地”があり、そこに手を入れて仕上げていく。量産とも手仕事とも言い切れない中間に、現場のリアリティがある。

そのバランスの取り方を象徴しているのが、デザイン数の話でした。

「100種類以上ですねってお答えしてるんですけど、でも実は誕生日ごとにデザインを分けているストラップもあり、これは全てデザイン違いますからね」
「700、800ぐらいある」

数の多さは単なる商品展開ではなく、“一つずつ違う表情を作る”という姿勢の表れにも見えます。

そして、思いが形になる瞬間として、もっとも強く心に残ったのが「マイ招き猫」の話です。
飼い猫の写真を持ってきて、その子をモデルに招き猫を作るモデル。発想は店側ではなく、お客様の要望から生まれたと言います。

「作ってくれって言われたんですよ。私たちが考え出したというより、お客様からの要望があって」

できあがった招き猫を受け取った人が、涙ぐむこともある。

「受け取りの時に『あの子が帰ってきたみたい』って泣かれる方とか」
「メールで直接『ちょっとほろっと泣いてしまいました』っていうのが多いですね」

ここにあるのは、過度な説明でも、感情の押し付けでもありません。
ただ、猫と暮らした時間、離れた時間、思い出の輪郭が、“置けるかたち”として戻ってくる。
縁起物の枠を超えて、生活の中に招き猫が入り込む瞬間があるのだと感じました。

谷中堂の店頭で見てきた、お客様と招き猫の関係

店に訪れる人は、どんな人たちなのか。
浅野さんは「猫好きさんが結構来ます」と答えつつ、同時にプレゼント需要も多いと言います。

「猫好きさんが結構来ますね。…あとはプレゼントしたい、開店祝いとか新築祝いとかに」

面白かったのは、色の話が「強い意味」ではなく、来店者の“選び方の傾向”として出てきたことです。
店としては白が多い。次に黒、そして黄色や金色。

「メインは真っ白。次に色で言うと黒。その次は黄色とか金色ですね」

黒猫を避ける文化がある国もあり、海外のお客様には黒を断られることもある一方で、黒だけを探しに来る“黒猫マニア”もいる。
同じ色が、地域や個人の背景でまったく違う意味を持つ。

この揺らぎを、谷中堂は「正解」で縛らない。
むしろ“様々ですね”と受け止めているのが印象的でした。

さらに、海外からの来店比率についても具体的な話が出ます。

「海外の方の方が多いかな。今はね、6対4とか7対3ぐらい…6対4かな」

そして隣で行っている絵付け体験は、予約がほぼ通年で入っており、参加者の多くが海外の人だといいます。

「絵付け体験…それはほぼほぼ海外の方。予約を入れてくださって、休業日以外は予約が入ってます」

ここで大事なのは、招き猫が“観光の記号”として消費されるだけでなく、手を動かして自分のものとして持ち帰る体験になっている点です。
谷中堂は、招き猫を「買う場所」だけではなく、「触れて持ち帰る場所」にもなっています。

また、時代の変化として、来店する海外のお客様の地域傾向が変わったことにも触れていました。
コロナ前は中国系のお客様が多かったが、近年は欧米の比率が増え、より調べて“深く掘り下げて”来る人が増えた、と。

「今は欧米の方が多いかな」
「欧米の方は調べて、もうちょっと深く掘り下げて、専門的な方が増えてきました」

招き猫が、単なる土産物ではなく「目的地」になっている。
この現場感こそ、谷中堂の強さだと思います。

谷中堂でこれからも変わらず大切にしたいこと

今後の展開については、拡大路線の話よりも「続け方」の話が印象に残りました。
電話注文が多い年配層のために、カタログ販売のような手段を検討していること。毎月22日を「にゃんにゃんの日」として小さな企画を続けていること。

「電話での注文とかが来るんですよ。年配の方」
「カタログ販売ができたりとか…してみたいな」
「うちは毎月22日をにゃんにゃんの日にしてるんです。…それを広めたいな」

最後に、浅野さんの言葉を、この取材の締めとして置いておきたいと思います。
招き猫づくりの核は、派手さでも、数でもなく、やはり「顔」なのだと。

「表情ですよね。表情が一番」
「見たらちょっと幸せな気分になる」

谷中堂の招き猫が持つ静かな明るさは、
縁起物を“強く語る”ことで生まれるのではなく、
形と表情を丁寧に積み重ねることで残っているのだと思います。

谷中という町の空気の中で、
実際に招き猫の表情や佇まいに触れてみたい方は、
谷中堂の公式サイトもあわせてご覧ください。

店の取り組みや絵付け体験についても、ご紹介されています。

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