この記事でわかること
- ひこにゃんは豪徳寺の招き猫の言い伝えから生まれた
- 招き猫が手招きしたのは彦根藩2代藩主の井伊直孝
- 豪徳寺は井伊家が江戸に置いた菩提寺
- 2023年には招き猫ポーズの公式イラストも加わった
ひこにゃんと招き猫は、豪徳寺の招き猫の言い伝えで結ばれています。彦根市は、井伊直孝を手招きして雷雨から救った猫と、赤備えの兜を合わせたキャラクターだと紹介しています。
彦根城のキャラクターが、なぜ東京・世田谷の寺の猫とつながるのでしょうか。その答えは、彦根藩主の井伊家と豪徳寺が結んできた縁にあります。
彦根市の公式情報、豪徳寺の公式サイト、図書館の調査記録、報道をもとに、ひこにゃんと招き猫の関係を整理しました。グッズや商品の情報は扱っていません。
ひこにゃんと招き猫の関係
ひこにゃんは、豪徳寺に伝わる招き猫をもとに生まれた彦根市のキャラクターです。まず市が公表しているプロフィールから、招き猫とのつながりを確かめましょう。
ひこにゃんと招き猫の関係の要点
- もとになったのは、井伊直孝を手招きしたと伝わる豪徳寺の猫
- 誕生日は2006年4月13日で、2007年の築城400年祭で活躍した
- 2023年には、招き猫ポーズの公式イラストが加わった
ひこにゃんのもとになった招き猫
ひこにゃんのもとは、豪徳寺の門前で井伊直孝を手招きしたと伝えられる猫です。彦根市のプロフィールでは、この招き猫と井伊軍団の赤備えの兜を合わせて生まれたキャラクターと説明しています。
ひこにゃんの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| もとになった猫 | 豪徳寺の門前で井伊直孝を手招きし、雷雨から救ったと伝わる猫 |
| かぶっているもの | 井伊軍団の象徴とされる赤備えの兜 |
| 誕生日 | 2006年(平成18年)4月13日(名前が決まった日) |
| 登場のきっかけ | 2007年(平成19年)の「国宝・彦根城築城400年祭」 |
| いまの役目 | 彦根城の周辺で観光客を迎え、各地で彦根市をPRする |
築城400年祭を盛り上げる役として、ひこにゃんが生まれたのは2006年だと秋田魁新報は伝えています。誕生日は名前の決まった4月13日で、2026年には20回目を数えました。
あわせて滋賀県立図書館の調べでも、名前は直孝が豪徳寺の前で猫に招かれた伝説に由来すると説明されています。つまりひこにゃんは、招き猫の伝説を名前と姿の両方に受け継いだキャラクターなのです。
招き猫ポーズの公式イラスト
ひこにゃんには、2023年に招き猫のポーズをした公式イラストが加わりました。彦根市の報道資料によると、公開は2023年9月29日で、招き猫の日にあたる日です。
イラストは、彦根に人やモノ、コトを招くキャンペーンのシンボルとして作られました。原作者のもへろん氏の会社と彦根市が組んで制作したものです。
市の資料は、ひこにゃん誕生の由来となった招き猫に触れています。その始まりについては、豪徳寺に伝わる招福猫児(まねきねこ)の言い伝えだといわれる、と記しました。制作にあわせて、原作者が描いた招き猫ひこにゃんの原画も豪徳寺に奉納されました。
そのため招き猫ポーズの公開は、ひこにゃんが生まれた寺へのあいさつを兼ねた取り組みといえるでしょう。招き猫の日の由来は、別の記事で紹介しています。
関西で招き猫や猫にゆかりのある寺社・スポットは、府県別に別の記事でまとめています。
ひこにゃんと井伊直孝の関係
ひこにゃんと井伊直孝は、直孝を招いた猫が、ひこにゃんのもとになったという関係です。直孝は彦根藩の2代藩主で、豪徳寺を井伊家の菩提寺として立て直した人物でもあります。
豪徳寺で直孝を招いた猫の伝説
直孝と猫の伝説は、鷹狩りから戻る途中の直孝を、寺の門前の猫が招き入れたという話です。直孝が雷雨にあわずに済んだのは、この猫のおかげだったというわけです。
寺の公式サイトでは、寺で過ごすうちに雷雨となり、和尚との語らいも楽しんだ直孝が、この幸運をたいへん喜んだと伝えています。
世田谷区の世田谷デジタルミュージアムも、門前で手招きした猫のおかげで直孝が雷雨を逃れた話として、この伝説を載せています。その後、寺では福を招いた猫を招福猫児と呼び、まつるお堂を建てました。
ただし伝説の筋は、資料によって少しずつ違います。豊中市立図書館の調べでは、落雷の災いから救われた話や、寺の猫に招かれて雨宿りをした話も挙がっていました。
だからこそ、ひこにゃんの由来を人に話すときは、寺が伝える「雷雨を避けた話」を基本にすると確かです。伝説の語られ方の違いと、豪徳寺の参拝の情報は、次の記事にまとめています。
井伊家の菩提寺になった豪徳寺
彦根のキャラクターが東京の寺とつながるのは、豪徳寺が井伊家の江戸の菩提寺だったためです。寺の公式サイトによると、世田谷の地が彦根藩の領地に組み込まれたのは寛永10年(1633年)でした。
このとき井伊家は、それまで弘徳院と呼ばれていた寺を、江戸での菩提寺に定めます。豊中市立図書館が引く『日本歴史地名大系』も、同じ年に直孝が大檀那となり、井伊家の江戸菩提寺になったと記しています。
豪徳寺と井伊家の主な出来事
| 年 | 出来事 | 資料 |
|---|---|---|
| 寛永10年(1633年) | 世田谷が彦根藩領となり、弘徳院が井伊家の江戸の菩提寺になる | 豪徳寺、地名辞典 |
| 万治2年(1659年) | 2代藩主直孝の法号にちなみ、豪徳寺と改める | 豪徳寺 |
| 2006年(平成18年) | 豪徳寺の招き猫をもとにした「ひこにゃん」が誕生する | 彦根市、報道 |
| 2023年(令和5年) | 招き猫ひこにゃんの原画が豪徳寺に奉納される | 彦根市 |
直孝との結びつきは、寺の名前にも表れました。公式サイトによると、寺は万治2年(1659年)に豪徳寺と改めています。新しい名は、直孝の法号である「久昌院殿豪徳天英大居士」から字を取ったものです。
境内の井伊家墓所には、直孝の墓のほか、幕末の大老として知られる13代直弼の墓も並び、墓所は国の史跡に指定されています。つまり豪徳寺は、伝説の舞台であると同時に、井伊家代々が眠る寺なのです。
招き猫の発祥とされる寺社は、豪徳寺だけではありません。発祥の諸説と、それぞれの寺社の比べ方は次の記事で扱っています。
ひこにゃんの姿と豪徳寺の招き猫
ひこにゃんの姿は、招き猫の伝説に、井伊家の武家の歴史を重ねたものです。豪徳寺の招福猫児と見比べると、同じ伝説から生まれた二つの姿の違いが見えてきます。
ひこにゃんと招福猫児の比較
ひこにゃんと豪徳寺の招福猫児は、同じ伝説から生まれながら、誰をどこへ招くかという役目の託され方が違います。招福猫児は寺の授与品です。対してひこにゃんは、まちを紹介するキャラクターとして働いています。
ひこにゃんと豪徳寺の招福猫児の違い
| 項目 | 豪徳寺の招福猫児 | ひこにゃん |
|---|---|---|
| 生まれた場所 | 豪徳寺(東京都世田谷区) | 彦根市(滋賀県) |
| 姿の特徴 | 右手をあげ、小判を持たない | 赤備えの兜をかぶった猫 |
| 託された役目 | 人を招き、「縁」をもたらす | 彦根城の周辺で人を迎え、まちを伝える |
豪徳寺によると、招福猫児は福そのものではなく、人との縁を招く猫です。縁を生かすかどうかは本人に委ねられるという考えから、小判は持たせず、右手だけをあげた姿にしたと寺は説明しています。
一方でひこにゃんの招き猫ポーズは、人やモノ、コトを彦根に招くキャンペーンの顔として描かれました。どちらも人を招いてつながりを生むという点で、伝説の猫の役目を受け継いでいます。
ほかの縁起物と並べると、招き猫の成り立ちの特徴が見えてきます。だるまは禅宗の始祖の坐禅の姿をうつしたもので、熊手はもとは落ち葉や穀物をかき集める農具でした。
そのなかで招き猫は、寺の縁起に実在の大名が登場する縁起物です。その大名の藩があった彦根のまちが、400年近くのちにキャラクターとして猫を迎えたところに、ひこにゃんの面白さがあります。
豪徳寺の招福猫児が右手をあげている理由や、手の左右の意味は、次の記事にまとめました。
江戸の寺に伝わる猫の話は、ひこにゃんのように、いまも新しい形で受け継がれています。伝説を知ると、由来を語れる招き猫を手元に置きたくなる人もいるはずです。
「Luxen Maneki」は、株式会社日本招き猫総合研究所が招き猫研究所と並んで営むブランドです。伝統窯の職人の手描きで金彩をまとう瀬戸焼の招き猫を、注文ごとに仕上げています。
よくある質問
Q. ひこにゃんの兜は何ですか?
A. 井伊軍団の象徴とされた「赤備え」の兜です。赤備えとは、甲冑から武具までを朱色でそろえた部隊のことで、戦国時代の軍団編成の一つだと彦根市は説明しています。ひこにゃんは、直孝を招いた招き猫とこの兜を合わせて生まれたキャラクターです。
Q. ひこにゃんという名前の由来は何ですか?
A. 滋賀県立図書館の調べでは、「彦根の、にゃんこ」を略した名前だとされています。彦根市によると、愛称は全国から寄せられた1167点のなかから選ばれました。名前が決まった2006年4月13日が、ひこにゃんの誕生日になっています。
Q. 豪徳寺で招き猫を授かることはできますか?
A. 豪徳寺の寺務所で、招福猫児の置物を授かることができます。公式サイトによると、寺務所の受付は8時から15時で、大きさによっては品切れの場合もあります(2026年10月時点)。願いが叶ったあとに、境内の奉納所へ招福猫児を納める人も多いと寺は伝えています。
招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」
ひこにゃんの由来をたどると、人と縁を招く猫を大切にしてきた江戸の人々の思いに行き着きます。手元に迎える招き猫にも、作り手の見える確かさを求めたい人は多いでしょう。
「Luxen Maneki」の招き猫が生まれるのは、瀬戸焼の伝統窯です。金彩は職人の手描きで、注文を受けてから作る受注生産のため、約4〜6週間をかけて仕上げます。
お届けの際は、一体ずつ特製の桐箱に納めています。桐には湿気の出入りをやわらげ、燃え広がりにくい性質があり、昔は金庫の内箱を作る材料にもなりました。
まとめ
ひこにゃんのもとは、井伊直孝を手招きして雷雨から救ったと伝わる豪徳寺の猫です。この猫に赤備えの兜を合わせて、彦根市のキャラクターが生まれました。
直孝は彦根藩の2代藩主で、豪徳寺は井伊家の江戸の菩提寺として、直孝の法号から名を取りました。2023年には招き猫ポーズのイラストも加わり、原画が豪徳寺に納められています。
彦根城でひこにゃんに会ったら、世田谷の豪徳寺にも足を延ばして、同じ伝説から生まれた招福猫児を見比べてみましょう。





