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招き猫の歴史・文化

自性院の猫地蔵とは?新宿の招き猫ゆかりの寺の由来と御開帳を紹介

この記事でわかること

  • 自性院は道灌を導いた黒猫の説話から「猫寺」と呼ばれる
  • 猫地蔵と猫面地蔵は2月3日の節分会だけ御開帳される
  • ふだんは猫地蔵堂を外から拝み、参道の石の招き猫に会える
  • 最寄りは落合南長崎駅で、A1出口から歩いて3分

新宿区西落合の自性院(じしょういん)は、太田道灌を導いた黒猫の説話が残る「猫寺」です。寺には黒猫を供養した猫地蔵と、猫の顔をした猫面地蔵の二体がまつられています。

ただし二体とも秘仏のため、拝めるのは毎年2月3日の節分会だけです。ふだんの日に訪ねても、お堂の扉は閉じたままになっています。

研究所では、寺の公式サイトと案内のPDF、新宿区と新宿観光振興協会の資料を突き合わせました。説話の中身から御開帳の一日の流れ、駅からの道順まで、出かける前に必要な情報を一か所にまとめています。

自性院の猫地蔵とは

「猫図(模本)」。前足をなめる猫を描いた図
佐久間岩琢模「猫図(模本)」江戸時代・19世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

自性院の猫地蔵とは、寺に伝わる黒猫の説話にちなんでまつられた地蔵尊です。まず寺の基本と、二体の地蔵がどう違うのかを押さえておきましょう。

自性院の基本情報

自性院は、真言宗豊山派に属する西落合の寺です。正式な名を西光山 無量寺 自性院といい、豊島八十八ヵ所霊場の第24番札所にも数えられています。

自性院の基本情報(2026年10月時点)

項目内容
正式名西光山 無量寺 自性院(さいこうざん むりょうじ じしょういん)
宗派真言宗豊山派
御本尊来迎阿弥陀三尊像(観音菩薩・阿弥陀如来・勢至菩薩)
札所豊島八十八ヵ所霊場 第24番
所在地東京都新宿区西落合1-11-23
猫にゆかりのもの猫地蔵尊・猫面地蔵尊(秘仏)、猫地蔵堂、参道の石の招き猫

寺の始まりについては、弘法大師空海が観音像をまつったのが起こりと伝えられてきました。新宿観光振興協会と新宿区の案内も、大師が日光山へ参る途中に観音を供養したことを草創としています。

一方で寺は、明治の廃仏毀釈や東京大空襲で伽藍を失う苦難にも遭いました。それでも地域と檀信徒に支えられ、猫の地蔵をいまに守り伝えている寺だといえるでしょう。

「猫寺」と呼ばれる二体の地蔵

自性院が「猫寺」と呼ばれるのは、猫にまつわる二体の地蔵が寺に伝わるためです。どちらも猫と縁がありますが、まつられた理由は大きく異なります。

自性院の二体の地蔵

名前まつられた理由時代
猫地蔵尊太田道灌が、命を救われた黒猫の冥福を祈って建てたと伝わる室町時代の説話
猫面地蔵尊猫をかわいがっていた商人の娘を弔うため、猫の顔に刻まれた江戸時代中期と寺は伝える

表のとおり、猫地蔵尊は猫そのものを供養する地蔵として生まれました。これに対して猫面地蔵尊は、猫を愛した人を弔うために猫の姿を借りた地蔵です。

つまり自性院では、猫が人を救った話と、人が猫を慕った話の両方が受け継がれてきました。猫と人の結びつきを二つの方向から伝える寺として見ると、参拝がより味わい深くなるでしょう。

太田道灌と黒猫の説話

自性院の猫地蔵は、室町時代の合戦で太田道灌を救った黒猫を供養したものと伝えられます。説話の筋と、それが江戸時代に広まった背景をたどります。

道灌と黒猫の説話のポイント

  • 文明9年(1477年)の合戦で、道に迷った道灌を黒猫が寺へ導いたと伝わる
  • 道灌は猫を城で養い、死後に地蔵尊を建てて冥福を祈ったと寺は伝える
  • 寺はこの説話を、招き猫の由来の一つにも挙げられる話として紹介している

江古田ヶ原の戦いと道案内の黒猫

説話の舞台は、文明9年(1477年)の江古田ヶ原の戦いです。新宿区の文化観光資源案内では、同じ合戦を「江古田・沼袋の戦い」と呼んでいます。

寺によると、自性院から西へ1キロほど進んだあたりがかつての江古田ヶ原でした。合戦のさなか、江戸城主の太田道灌は退くことになり、夜道で一人迷ってしまったといいます。

そこへ一匹の黒猫が現れ、道灌を藪の先にある自性院の草庵まで導きました。道灌は寺で夜を明かし、態勢を整え直したうえで、この戦いに勝ったと伝えられています。

その後、道灌は黒猫を自分の城へ連れ帰り、大事に養いました。猫が死ぬと地蔵尊を一体建てて供養し、これが猫地蔵尊の始まりになったと寺は記しています。

ただし、この話を確かめられる同時代の記録は見つかっていません。そのため道灌と黒猫の話は、寺と地域が語り継いできた説話として読むのが確かでしょう。

猫地蔵が江戸で評判を集めた背景

道灌の危機を救った猫地蔵は、江戸時代に入って広く評判を呼んだと寺は伝えています。ご利益を願う人が自性院へ次々と参ったとされ、猫地蔵の名は寺の外にも知られていきました。

民俗学者の飯倉義之氏は、研究所の取材に「あるところに行ったらご利益があったっていうと、みんなわーっと飛びつくんですよね。」と語っています。近世には「流行り神」という言葉もあったと飯倉氏は説明します。猫地蔵に人が次々と参ったという寺の伝えも、こうした江戸の流行の中で読むとわかりやすいでしょう。

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評判の土台には、寺が室町時代から地域に根づいていたことがあります。寺に残る一枚の板碑には「福徳」という私年号が刻まれ、延徳2年(1490年)にあたると推定されています。

私年号(しねんごう:朝廷が定めていない、民間で使われた年号)は、室町時代に多く見られるものです。新宿観光振興協会によると、福徳の私年号を使った板碑は区内でここにしか例がありません。

この板碑は、昭和60年(1985年)に新宿区の有形民俗文化財に指定されました。寺はこの年代が道灌と黒猫の説話の時代と重なることにふれ、室町時代の後期には寺の体裁が整いつつあったとみています。

つまり猫地蔵の評判は、古くから地域の信仰を集めてきた寺だからこそ広まったと考えられます。説話と板碑をあわせて見ると、自性院の歴史の長さが実感できるはずです。

招き猫発祥説のなかの自性院

自性院は、招き猫の発祥にかかわる寺の一つとして名前が挙がります。寺は道灌と黒猫の話について、福を呼ぶ招き猫のルーツとして名前の出る説話の一つだと紹介しました。

新宿区のモバイルサイトも、自性院を「招き猫発祥の猫寺として有名」と案内しています。ただし京都文化博物館は、招き猫がどこで始まったかは判然としないとし、自性院説を豪徳寺説などと並ぶ一説にとどめました。

博物館がそう判断したのは、片手を挙げた猫の人形がいつ生まれたのかを示す資料がないためです。自性院の説話に出てくる黒猫も、人形ではなく道案内をした生きた猫として語られています。

だからこそ自性院は、招き猫の形の始まりというより、「猫が人に福をもたらす」という考え方を伝える寺と読むのがよいでしょう。各地の発祥説の根拠を比べたい人は、発祥の地の記事も参考にしてください。

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研究所の色の定義では、黒は「厄除け」の色にあたります。黒の招き猫がどんな願いで求められてきたかは、黒い招き猫の記事で掘り下げました。

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危機の道灌を導いた黒猫の話にふれると、黒い招き猫を手元に置きたくなる人もいるでしょう。当研究所を運営する株式会社日本招き猫総合研究所は、招き猫のブランド「Luxen Maneki」も手がけています。

黒をまとった「浮世」は、瀬戸焼の伝統窯で仕上げられる一体で、金彩は職人の手描きによるものです。

猫面地蔵と境内の見どころ

江戸時代の「猫木彫根付」。丸くなって眠る猫を彫った根付
「猫木彫根付」訥斎銘 江戸時代・19世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

自性院の境内では、猫面地蔵をまつる猫地蔵堂と、参道の石の招き猫が見どころです。それぞれの由来を知っておくと、ふだんの参拝でも寺の歴史を感じ取れます。

商人の娘を弔った猫面地蔵尊

猫面地蔵尊は、顔が猫の姿に彫られためずらしい地蔵です。寺の説明では、江戸時代の中ごろ、猫を愛した商人の娘が亡くなったのを悼んで彫られたものです。

この地蔵に魂を入れる開眼法要は、猫地蔵尊で名の知られていた自性院に頼まれたといいます。当時の住職が供養を営み、それ以来、猫面地蔵尊も寺にまつられるようになりました。

つまり猫面地蔵尊が自性院に来たのは、猫地蔵の評判があったからです。猫の寺という呼び名が、別の猫の地蔵を呼び寄せたともいえるでしょう。

新宿区も広報紙の伝説特集で、猫地蔵と並べて猫面地蔵の写真を載せています。二体は長い年月のあいだ、寺を見守ってきたと寺は記しました。

猫地蔵堂とふだんの拝み方

二体の地蔵は、境内の猫地蔵堂にまつられています。このお堂は、「猫寺」の呼び名にふさわしい建物を求めた寺の24代目の住職が、長く願い続けて建てたものです。

猫地蔵堂は護摩を焚くお堂や集会の場を兼ね、小さな葬儀場としても使えるつくりになっています。人が集まってこそのお堂として、さまざまに使ってほしいというのが住職の思いでした。

ただし、ふだんの参詣では秘仏の猫地蔵は御開帳されていません。寺の案内によると、御開帳のない日は猫地蔵堂を外から見て参ることになります。

そのため、ふだんの日の参拝はお堂の前で手を合わせる形になります。二体の姿を拝みたい場合は、後で紹介する節分会の日に合わせて予定を組みましょう。

参道の石の招き猫像

自性院の参道口には、石でできた招き猫の像が置かれています。場所は新青梅街道に面したセブン-イレブンの側で、ふだんの日でも会える招き猫です。

この像が石でできているのには、寺の歩みが関係しています。寺によると、もとは画家で猫を愛した人物が寄贈した猫の像が参道にありました。

ところが初代の像は、太平洋戦争中の金属供出で持ち去られ、二度と戻りませんでした。そこで戦後に寺の立て直しを託された住職が、二代目の招き猫を据えたといいます。

二代目を石で作ったのは、戦争で再び供出されないようにという願いからです。材料の選び方そのものに、像を失った寺の経験が刻まれているといえるでしょう。

新宿区の広報紙も、境内の招き猫の石像を写真つきで紹介しました。猫地蔵を拝めない日は、この石像にあいさつしてから境内へ進むとよいでしょう。

猫地蔵の御開帳と節分会

猫地蔵と猫面地蔵の御開帳は、毎年2月3日の節分会にあわせて年に一度だけおこなわれます。2026年の案内をもとに、当日の流れと申し込み、注意点を整理しました。

節分会のポイント

  • 2026年は朝9時30分から午後3時30分ごろまで猫地蔵を御開帳
  • 豆まきへの参加と護摩札は、事前の申し込みが必要
  • 節分会の当日は、車で寺へ行くことはできない

御開帳は年に一度、2月3日

秘仏の二体を拝めるのは、2月3日の節分会の一日だけです。寺の公式サイトと新宿区の案内が、ともにこの日を御開帳の日としています。

あわせて寺は、令和6年度に70回目の節分会を迎え、地域と寺をつなぐ行事として続けていくとしました。当日は護摩焚きや豆まきでにぎわい、境内が一年でいちばん人の集まる日になります。

2026年(令和8年)節分会のタイムテーブル

時刻内容
9時30分猫地蔵尊の御開帳が始まる(御朱印・お守りの授与)
10時伴侶動物のための供養塔の開眼、護摩法要
13時30分本堂で節分会の法楽
13時50分ごろお練り(節分会の行列)
14時ごろ七福神のお福分(福豆配り)
14時20分ごろ豆まき(14時30分ごろ終了)
15時30分猫地蔵尊の御開帳が終わる

出典:自性院「令和8年度節分会 タイムスケジュールについて」
出典:自性院「猫地蔵」
出典:新宿区「温故知しん!じゅく散歩 新宿文化観光資源案内」自性院

2026年は、伴侶動物(いっしょに暮らす動物)のための供養塔の開眼も組まれました。猫の地蔵をまつる寺らしく、動物とともに生きる人の祈りにも寄り添う一日になっています。

豆まきと護摩札の申し込み

節分会の豆まきと護摩札は、事前に申し込んだ人が参加・授与を受けられるしくみです。寺は、年男・年女かどうかや干支にかかわらず、誰でも豆まきに加われると案内しています。

2026年(令和8年)節分会の申し込み

項目豆まき護摩札
冥加料・祈願料12,000円(護摩札・福豆・清酒・恵方巻き付き)1本6,000円(福豆・お土産付き)
申し込みの締め切り1月28日1月28日
申し込み方法申込用紙に記入し、費用を添えて申し込む(現金書留・FAXも可)同じ
当日13時に自性院講堂へ集合、本堂の正面で豆まき10時ごろから自性院会館で渡す

出典:自性院「令和8年度節分会のお知らせ」(節分会・豆まきのご案内/護摩札のご案内)

なお護摩札の願い事は、開運厄除・家内安全・商売繁盛・病気平癒など8つから1つを選ぶ形です。護摩札は郵送も選べ、その場合は送料500円が別にかかります。

上の金額と日付は、2026年の案内に載っていたものです。2027年の内容は、寺が年明けに出す案内であらためて確かめる必要があります。

節分会に出かける前の注意

節分会の日は、車で寺へ向かうことができません。寺の年間行事の予定表に、当日の車での来寺はできないと注意書きがあります。

また当日の時間割は、天候によって変わることがあると寺は断っています。とくに豆まきの時刻は「ごろ」と幅を持たせて示されているため、余裕を持って着いておくと安心です。

案内が出る時期にも気を配りましょう。2026年は、1月16日に節分会のお知らせ、1月29日に時間割が寺のサイトに載りました。

なお2027年の2月3日は水曜日にあたります。平日に休みを取って出かける人は、1月中旬ごろから寺のサイトを確かめるとよいでしょう。

自性院へのアクセスと周辺

歌川国政「炬燵の娘と猫」。炬燵にもたれる娘と猫を描いた錦絵
歌川国政「炬燵の娘と猫」江戸時代・寛政2~文化元年(1790~1804)(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

自性院は、都営大江戸線の落合南長崎駅から歩いて3分ほどの場所にあります。駅からの道順と、あわせて歩ける落合の見どころを紹介します。

落合南長崎駅からの行き方

いちばん近いのは、都営大江戸線「落合南長崎」駅のA1出口です。西武池袋線の東長崎駅や、西武新宿線・大江戸線の中井駅からも、15分ほど歩けば着きます。

自性院へのアクセス(2026年10月時点)

項目内容
所在地東京都新宿区西落合1-11-23
落合南長崎駅(都営大江戸線)A1出口から徒歩3分
東長崎駅(西武池袋線)徒歩15分
中井駅(都営大江戸線・西武新宿線)徒歩15分
バス都営バス・関東国際バス「落合南長崎駅前」から徒歩1〜3分
車目白通りの西落合1丁目交差点の先。赤門側から入る(新青梅街道のセブン-イレブン側からは不可)
電話03-3951-4927

車で来る場合は、新青梅街道の黒門側から入らないよう寺がお願いしています。一方で歩いて来るなら、セブン-イレブンの看板と参道の招き猫の像が目印です。

なお寺では、お線香を一束100円、仏花を一束1,200円で扱っています(2026年10月時点)。仏花は仕入れによって無い日もあるため、必要なら前もって寺に連絡しておくと確実でしょう。

落合の散歩コースであわせて寄れる場所

自性院は、新宿区が案内する「落合コース」の見どころの一つにも入っています。区のコースでは、近くの寺社や公園と歩いてつながる位置にあります。

自性院の近くにある区の散歩コースの見どころ

場所自性院との位置関係見どころ
中井出世不動尊自性院の手前の地点。徒歩6分(400m)不動明王の三尊を毎月28日の午後に開帳(休止の場合あり)
葛谷御霊神社自性院から徒歩11分(700m)旧葛谷村の鎮守。1月13日の午前に弓の神事「備謝祭」
哲学堂公園葛谷御霊神社から徒歩2分(150m)哲学者の井上円了が明治39年(1906年)に開いた公園

出典:新宿区「温故知しん!じゅく散歩」落合コース

とくに中井出世不動尊は、自性院と同じく秘仏を決まった日に開く場所です。月に一度の28日なら、二つの寺社を続けて訪ねられます。

ただし猫地蔵の御開帳は2月3日だけなので、28日と重なることはありません。そのため節分会の日は自性院に絞り、ふだんの日は落合の寺社めぐりの一つとして訪ねると無理のない計画になるでしょう。

東京の招き猫ゆかりの寺社との違い

東京で招き猫ゆかりの寺社をめぐるなら、豪徳寺・今戸神社と比べて自性院の性格をつかむと計画を立てやすくなります。三つの寺社は、猫とのかかわり方がそれぞれ違うためです。

東京の招き猫ゆかりの寺社の比較

寺社所在地猫とのかかわりふだん会えるもの
自性院新宿区西落合道灌を導いた黒猫の説話と、猫の地蔵猫地蔵堂(外から)、参道の石の招き猫
豪徳寺世田谷区豪徳寺井伊直孝を招いた猫の縁起。招福猫児をまつる招福殿、奉納された招福猫児
今戸神社台東区今戸今戸焼の発祥の地で、猫の焼き物が売られていた二匹の猫の絵馬や御朱印帳

豪徳寺と今戸神社では、招き猫が授与品や絵馬の形で身近にあります。これに対して自性院の猫は、置物ではなく拝む地蔵として残ってきました。

招き猫の多くは家や店に置く縁起物ですが、自性院では猫が仏の姿をとって祈りの対象になっています。だからこそ自性院は、猫の信仰の古い姿にふれる寺として三つの中で独自の位置を占めるといえるでしょう。

豪徳寺の授与や今戸神社の参拝も含め、東京の招き猫の寺社の回り方は次の記事で紹介しています。

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よくある質問

Q. 自性院は何と読みますか?

A. 「じしょういん」と読みます。正式な名前は西光山 無量寺 自性院で、真言宗豊山派の寺です。猫地蔵で知られることから「猫寺」の愛称でも呼ばれており、寺の公式サイトも自らを猫地蔵のお寺と紹介しています。豊島八十八ヵ所霊場の第24番札所でもあります。

Q. 自性院で御朱印やお守りはいつ受けられますか?

A. 2026年の節分会では、猫地蔵の御開帳が始まる9時30分から御朱印とお守りを授けると寺の時間割に記されていました。ふだんの日の授与については公式サイトに案内がないため、出かける前に寺へ電話で確かめると確実です。

Q. 節分会の豆まきには誰でも参加できますか?

A. 参加できます。寺は年男・年女や干支にかかわらず加われると案内しています。ただし事前の申し込みが必要で、2026年は1月28日が締め切りでした。冥加料は12,000円で、護摩札や福豆などが付きます。翌年の条件は、年明けの寺の案内で確かめてください。

Q. 自性院で招き猫を授かることはできますか?

A. 2026年10月時点で、寺の公式サイトに招き猫の授与品の案内は載っていません。節分会の日は御朱印とお守りを授けると時間割にありますが、品目や値段は示されていませんでした。招き猫の形のお守りを求めたい人は、寺へ電話で尋ねてから訪ねると確実です。

招き猫研究所がつくる黒の招き猫「Luxen Maneki 浮世」

自性院の猫地蔵は年に一度しか御開帳されず、ふだんは黒猫の説話を心に描いて手を合わせることになります。道灌を導いた黒猫の話を、家でも思い出せる形でそばに置けたらと思う人もいるでしょう。

寺の信仰に代わるものではないものの、つくり手と産地がはっきりした黒い招き猫を迎えるのも一つの方法です。「浮世」は、株式会社日本招き猫総合研究所のブランド「Luxen Maneki」の黒の一体にあたります。

つくっているのは、日本の六古窯に名を連ねる瀬戸焼の伝統窯の職人たちです。注文を受けてから一体ずつ作るため、届くまでは約4〜6週間かかります。完成した一体は、特製の桐箱に入れて届けられます。

まとめ

自性院は、太田道灌を導いた黒猫の説話を伝える新宿の「猫寺」です。黒猫を供養した猫地蔵と、商人の娘を弔った猫面地蔵の二体がまつられています。

二体を拝めるのは、毎年2月3日の節分会だけです。豆まきや護摩札は事前の申し込みが必要で、当日は車で行けないため、年明けに寺の案内を確かめてから出かけましょう。

ふだんの日も、猫地蔵堂を外から拝み、参道の石の招き猫に会うことはできます。落合南長崎駅から歩いてすぐなので、落合の寺社めぐりと組み合わせて訪ねてみてください。