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産地と窯元

招き猫の職人はどんな仕事をする?工程ごとの技と役割を解説

この記事でわかること

  • 招き猫は原型・生地・焼成・絵付けの職人が分担して作る
  • 型の形を守り、顔の筆と窯の火に職人の判断が出る
  • 工房では、目を描く人を時間をかけて育てている
  • 最初の招き猫を作った人物の名前は伝わっていない

招き猫の職人は、原型をつくる人、型で生地をつくる人、窯で焼く人、顔や柄を描く人に分かれて、一体の招き猫を仕上げています。どの持ち場にも、数値だけでは決められない職人の判断があります。

店先の招き猫を見て、誰がどんな仕事をしているのかと考えたことはあるでしょうか。

常滑と瀬戸の窯元で研究所が聞いた話と、観光協会や伝統工芸の公的な解説をもとに整理しました。持ち場ごとの技と、職人を育てる現場、招き猫を作った人をめぐる記録までわかります。

招き猫をつくる職人の役割分担

葛飾北斎「今戸焼」。今戸の焼き物づくりの様子を描いた錦絵
葛飾北斎「今戸焼」江戸時代・19世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

招き猫は、一人の職人が最初から最後まで作るとは限らない縁起物です。持ち場ごとに専門の担い手がいて、仕事を受け渡しながら一体が完成します。

職人の役割分担の要点

  • 形のもとを決める原型師と、型で生地を作る職人がいる
  • 窯で焼く職人と、顔や柄を描く職人は別のことも多い
  • 戦後の常滑では、多くの人が関われる仕事として招き猫が選ばれた

工程ごとの担い手

招き猫の職人の仕事は、形・生地・焼成・絵付けの4つの持ち場に分けると見通しがよくなります。研究所の取材と公的な解説で確かめられた担い手は、次のとおりです。

招き猫づくりの持ち場と担い手

持ち場受け持つ仕事確かめられた例
原型招き猫のもとになる形を土や石膏で作る常滑の二頭身の形は、窯元と友人の原型師が生み出した
生地(素地)型を使って、焼く前の形を作る瀬戸の窯元は、祖父の代に窯を持たない生地屋として始まった
焼成・検品窯の火を見て焼き上げ、傷を見分ける瀬戸の窯元では、窯の管理と検品の判断を一人の職人が担う
絵付け目・ひげ・柄を描き、表情を決める常滑の窯元は、目を描く人を育てている

表のうち、窯を持つ工房を一般に窯元と呼びます。ただし、生地屋から始めて、のちに窯を据えた工房もあるように、持ち場の境目は家ごとに違うものです。

そのため、どの職人がどこまでを受け持つかは、工房の成り立ちによって変わるといえるでしょう。

窯元という言葉の意味や、研究所が取材した窯元の歩みは、窯元の記事で紹介しました。

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なぜ分業で作られてきたのか

招き猫が分業で作られてきたのは、大勢が少しずつ関われる仕事だったからです。常滑の梅月冨本人形園では、冨本さんの祖父の代に、急須などの焼き物から招き猫へと仕事の軸を移しました。

当時の常滑には複数の窯元があり、分業によって多くの人が加われる仕事が求められていたそうです。一人で完結せず、効率よく数を作れる点に、招き猫の可能性を見いだしたと伝えられています。

ほかの縁起物にも、型を作る職人が産地の姿を決めた例があります。高崎市によると、高崎が「だるま職人の町」となった背景には、一人の型彫りの名人がいました。

その名人が、繭の形を好む人たちの声を受けて丸みのある木型を作り、今の高崎だるまの形に受け継がれています。つまり、型を作る職人の判断が、産地の顔になる点は、招き猫とだるまに共通しているのです。

一方で、だるまは木型に紙を張る張り子で作られ、招き猫の多くは窯で焼く焼き物です。そのため招き猫の職人には、型や筆に加えて、窯の火を扱う技が求められます。

工程ごとの職人の技

それぞれの持ち場には、形を守る技、土を整える技、筆の技、火の技があります。取材で聞いた職人の言葉から、持ち場ごとの技を見ていきましょう。

原型と型を守る技

原型と型の職人が守っているのは、長く親しまれてきた招き猫の形です。原型とは、彫刻や鋳物などのもとになる型のことで、油や土、石膏などで作るものだと、日本国語大辞典にあります。

常滑の二頭身の招き猫も、もとをたどれば原型師の仕事です。丸い頭と大きな瞳の姿は、梅月冨本人形園の三代目が考え出した形でした。とこなめ観光ナビによると、友人の原型師とともに形にしたといいます。

その形を、同園は今も変えていません。冨本さんは「モデルチェンジはしない」と話し、核になる形を歴史として受け継ぐ姿勢を示していました。

瀬戸のフジコウセラミックも、招き猫づくりは既存の型をもとに始めたそうです。右手と左手の意味や耳の位置など、昔からの解釈が成り立つ基本の形を大切にしていました。

だからこそ、原型と型の技は、新しい形を作ることより、意味が通じる形を崩さないことに向けられているのです。

生地をつくる技

生地をつくる職人の技は、土の調達から型への流し込みまでに及びます。常滑の梅月冨本人形園では、常滑の土だけで作り続けるのが難しくなりました。

そこで今は、愛知県内などから仕入れた原材料を使っているそうです。土と水、薬剤を混ぜてどろどろの粘土を作り、石膏型に流してから中を抜き、空洞の生地に仕上げます。

一方で瀬戸のフジコウセラミックは、プレス成型や圧力鋳込み、ガバ鋳込みなど、型を使う成形を幅広く手がけてきました。依頼を間違いなく形にすることを大切に、さまざまな製造を引き受けてきた工房です。

つまり、生地の職人には、一つの型を正確に写す技と、依頼に合わせて成形方法を選ぶ技の両方が求められます。生地の出来が、のちの絵付けや焼成の土台になるのです。

顔を描く絵付けの技

絵付けの職人がもっとも力を注ぐのは、目を描き入れる一筆です。常滑の梅月冨本人形園で話を聞いた冨本さんも、目の描き方を重く見ていました。目の大小や輪郭の取り方、左右のバランスがわずかに違うだけで、印象は大きく変わるそうです。

しかも、目の線は描き直しができません。型が同じでも、顔を決めるのは最後に筆を持つ職人の判断です。

ほかの焼き物の絵付け職人も、描く力の大切さを口にしています。瀬戸染付焼の職人は、下書きをほとんどせずに描き上げる染付について、絵が描けないとだめだと語っていました。

描き直しのきかない一筆を重ねる職人の判断によって、同じ招き猫の形にもさまざまな表情が生まれます。

窯の火を読む焼成と検品の技

焼成の職人の技は、窯の温度を人の目で見極める判断にあります。瀬戸のフジコウセラミックで窯を管理する藤井さんは、全自動に頼らず、温度の上がり方を見ながら調整していました。

白くきれいに焼き上げるには高めの温度が向いている一方、上げすぎれば生地が耐えきれずに形が崩れます。その見極めはマニュアルに書けるものではなく、藤井さんが現場で積み重ねてきた経験によるものです。

検品も、焼成と同じ職人の仕事です。同社は、電線を支える絶縁の焼き物である碍子(がいし)と同じ水準で、ヒビや欠け、歪みのある品を通しません。

失敗が見つかれば、まとめて作った分を丸ごと作り直す判断も当たり前にしています。つまり、焼成の職人は焼く人であると同時に、出荷を止める人でもあるのです。

焼成と検品を担う藤井さんの話は、インタビューで詳しく紹介しました。

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職人の技を受け継ぐ

岡田知一作「牙彫猫置物」。眠る母猫と戯れる子猫を写実的に彫った明治時代の置物
岡田知一「牙彫猫置物」明治時代・19~20世紀(東京国立博物館蔵)/出典:ColBase

職人の技は、教える側と学ぶ側が同じ現場に立つことで受け継がれます。工房での育て方と、伝統的工芸品の制度にある伝統工芸士の称号の両面から整理します。

工房で目を描く人を育てる

招き猫の工房でもっとも時間をかけて育てるのは、顔を任せられる職人です。梅月冨本人形園では、目を描き、表情を決める工程を一緒に担える人が育ってきたと冨本さんは話していました。

顔のように繊細な部分を任せられるまでには、長い時間と覚悟を必要としたそうです。技術なら教えられるものの、感覚を分け合うのは難しいと冨本さんは語りました。

それでも、すべてを一人で背負い続けるわけにはいきません。冨本さん自身が工房の外で動くためにも、招き猫の文化を受け渡すためにも、人を育てる仕事は欠かせないといいます。

あわせて、瀬戸の藤井さんは、工程を守ること以上に、ものづくりに向き合う姿勢こそ変えてはならないと語りました。人の手でしかできないことと、機械に任せてよいことを見極める考え方です。

技と一緒に姿勢を手渡すことが、招き猫の工房での継承の形といえるでしょう。

三代にわたって招き猫を作ってきた常滑の窯元の歩みは、インタビュー記事にまとめています。

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伝統工芸士という称号

伝統的工芸品の産地で働く職人には、「伝統工芸士」という称号があります。伝統的工芸品産業振興協会が認定している称号です。経済産業大臣が指定した伝統的工芸品の、伝統的な技術・技法を持つ人に与えられます。

認定を受けるには、産地での長い製造実務の経験を積んだうえで、実技・知識・面接の試験に合格しなければなりません。後継者の育成や産地の振興を担う、産地のリーダーとしての役割も期待されています。

ただし、伝統的工芸品には産地ごとに決まった技法があります。たとえば伝統的工芸品の常滑焼では、成形の技法がろくろ・押形・手ひねりと定められていました。

このように産地ごとに技法が決まっているため、招き猫の職人がみな伝統工芸士とは限りません。称号の有無と、腕の確かさは別のものと考え、作り方そのものに目を向けて選ぶとよいでしょう。

工芸品の招き猫を選ぶときの伝統証紙の見方は、置物の選び方の記事で紹介しています。

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招き猫を作った人は誰か

最初の招き猫を誰が作ったのかは、特定の人物の名前としては伝わっていません。ただし、最も古い作例や、今の形を生んだ作り手については記録があります。

最初の招き猫と今戸の人形

研究所が確かめた辞典や博物館の資料には、最初の招き猫を作った人物の名前は記されていません。分かっているのは、どこで、どんな形の招き猫が古くから作られていたかです。

デジタル大辞泉プラスは、今戸人形の丸〆猫(まるしめねこ)を、招き猫の最も古い作例とされるものと紹介しています。座った姿で前足の片方を上げ、尻の部分に「〆」の字を丸で囲んで入れた猫の人形です。

あわせて、日本大百科全書は、江戸・浅草の今戸で土製の招き猫が盛んに作られ、今戸焼を代表する品になったと記しています。江戸東京博物館のデジタルアーカイブスでも、今戸の作り手が手がけた丸〆猫を見ることができます。

一方で、招き猫の起こりをめぐっては諸説あり、一つに定まっていません。

同じ事典は、江戸・両国の店が金や銀で彩った招き猫を店先に置いたのが始まりという説を挙げていました。常滑市の観光協会は、浅草の老婆が夢のお告げで土焼きの置物を作ったという話を紹介しています。

つまり、招き猫の始まりは、一人の発明家の名前ではなく、江戸の町で作られた人形や伝わる話として記録されているのです。

発祥をめぐる諸説と、それぞれの根拠は由来の記事で詳しく扱いました。

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今の常滑の形を生んだ作り手

今もっとも広く見かける二頭身の招き猫には、形を生んだ作り手の記録が残っています。とこなめ観光ナビによると、常滑ではもともと、本物の猫に近いすらりとした招き猫が作られていました。

昭和20年代(1945〜54年)に、梅月冨本人形園の三代目とその友人の原型師が、丸い頭とずん胴の姿を形にしたそうです。この形はまたたく間に全国へ広がりました。

冨本さんへの取材では、昭和25年(1950年)頃には、丸い大きな目と二頭身という形の土台ができていたと伺いました。

ただし、これは常滑系という一つの型の作り手の記録で、招き猫そのものの発明者ではありません。「今の形を誰が作ったか」と「招き猫を誰が始めたか」は分けて考える必要があります。

常滑で招き猫づくりが広がった背景は、常滑焼の招き猫の記事で紹介しています。

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今の招き猫の作り手を知る手がかり

手元の招き猫を誰が作ったのかを知るには、産地と作り手の表示を確かめるのが近道です。日本招猫倶楽部は、愛知県の瀬戸市・常滑市などを今の主な産地に挙げたうえで、海外でも盛んに生産されていると案内しています。

そのため、同じような姿でも、作られた国や工房はさまざまです。表示に窯元や産地の名前があれば、その作り手の仕事を調べられます。

一方で、素地を焼く場所と絵付けをする場所が違う招き猫もあります。迷ったときは、どこで焼き、誰が描いたのかを売り場で尋ねてみてください。

作り手の仕事が見える招き猫を探しているなら、候補のひとつに「Luxen Maneki」があります。株式会社日本招き猫総合研究所(招き猫研究所の運営会社)が手がけるブランドです。

瀬戸焼の伝統窯で、職人が金彩を一体ずつ手描きして仕上げています。

よくある質問

Q. 常滑市で有名な招き猫は?

A. 常滑では、丸い大きな目と二頭身の「常滑系」の招き猫が知られています。昭和20年代に生まれた形で、小判を抱えた姿が全国に広まりました。町には、塀の上から顔を出す大きな招き猫「とこにゃん」もあり、招き猫の町として観光客を迎えています。

Q. 招き猫の職人になるにはどうすればよいですか?

A. 窯元や絵付けの工房で働きながら技を身につけるのが一般的な道です。取材した常滑の窯元では、目を描く工程を任せられるまでに時間をかけて人を育てていました。伝統的工芸品の産地では、長い実務経験を経て伝統工芸士の認定を目指す道もあります。

Q. 職人の手作りの招き猫は、どこで見られますか?

A. 窯元の直売所や招き猫の専門店が、職人の手作りに出会える主な場所です。訪ねる前に、営業日や営業時間を公式サイトで確かめましょう。

招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」

招き猫の職人の仕事は、形を守り、火を読み、一筆で表情を決めることの積み重ねです。それでも、手元に届く一体にどれだけの手仕事が重なっているかは、外からはなかなか見えません。

「Luxen Maneki」は研究所が手がける瀬戸焼の招き猫で、金彩の一筆一筆を伝統窯の職人が担っています。注文を受けてから作り始めるため、お届けには約4〜6週間かかります。

白・金・黒の3色があり、どれも特製の桐箱入りです。桐は湿度の変化を受けにくく、火がつくと表面が炭になって燃え進みにくい木で、昔は金庫の内箱にも使われました。

まとめ

招き猫の職人は、原型・生地・焼成・絵付けの持ち場に分かれ、仕事を受け渡しながら一体を仕上げています。型の形を守る技、窯の火を読む技、目を描く一筆の技は、どれも人の判断に支えられています。

工房では、顔を任せられる職人を時間をかけて育ててきました。伝統工芸士の称号の有無にかかわらず、どこで焼き、誰が描いたかを確かめると、職人の仕事が見えてきます。

最初の招き猫を作った人物の名前は伝わっていません。だからこそ、今の作り手を知って選ぶことが、招き猫の職人の技を次へつなぐ一歩になるはずです。