この記事でわかること
- お松大権現は約1万体の招き猫が並ぶ徳島の猫神社
- お松の愛猫が仇を討ったという伝説が神社の始まり
- 勝負事や合格を願う人が、招き猫を借りて倍で返す
- 徳島市の王子神社にも、お松と猫の伝えが残る
徳島県阿南市のお松大権現(おまつだいごんげん)は、約1万体もの招き猫に迎えられる「猫神さん」です。江戸時代のお松という女性と、その愛猫の伝説から生まれた神社として知られています。
いまは勝負事や受験の合格を願う人が多く訪れ、招き猫を借りて倍にして返す独特のならわしも残ります。なぜこれほど招き猫が集まったのか、その答えは伝説とならわしの両方にありました。
研究所では、神社の公式サイトを中心に、阿南市や徳島県の観光情報サイト、新聞の報道も確かめています。後半では授与品や御朱印、行き方に加え、徳島市の王子神社との違いも紹介します。
お松大権現の招き猫の早見表

お松大権現を訪ねる前に、神社の性格と境内の見どころを一覧でつかんでおきましょう。参拝時間や御朱印の値段など、変わりうる情報は2026年10月時点のものです。
約1万体の招き猫が並ぶ「猫神さん」
お松大権現は、勝負の神様と入試の神様、そして猫神さんという3つの顔を持つ神社です。社殿にまつられた招き猫は約1万体にのぼり、地元の人は親しみを込めて「猫神さん」と呼んできました。
お松大権現の早見表(2026年10月時点)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県阿南市加茂町不け63 |
| 呼び名 | 猫神さん(日本一社 お松大権現) |
| 招き猫 | 社殿や回廊に約1万体、神庫に古瀬戸と伝わる約400体 |
| 主なご利益 | 勝負必勝・受験合格・商売繁盛・開運など |
| ならわし | 招き猫を借りて家でまつり、2体にして返す「勧請」 |
| 参拝時間 | 9時〜17時 |
| 御朱印 | 猫の社紋入り・500円 |
出典:お松大権現 公式サイト
出典:お松大権現「ご利益・ご祭神」
出典:お松大権現「お守り・おみやげ」
約1万体という数は、神社の公式サイトのほか、2022年の朝日新聞の記事や阿波ナビでも同じように紹介されています。表のとおり、招き猫は授かるだけでなく、借りて返すことで増えていく点がこの神社の大きな特徴です。
つまりお松大権現の招き猫は、参拝者の願いと成就の数だけ積み重なってきたものといえます。猫の多さそのものが、ならわしの歴史を物語っているわけです。
境内で出会える猫たち
境内には招き猫だけでなく、神仏の像まで猫の姿をした「猫づくし」の景色が広がります。正門前の大きな招き猫から奥のギャラリーまで、主な見どころを神社の境内案内から拾いました。
境内の主な猫の見どころ(2026年10月時点)
| 見どころ | 内容 |
|---|---|
| ジャンボ招き猫 | 正門前に座る高さ2mの招き猫。撮影場所として人気 |
| 狛猫 | 狛犬の代わりに社殿を守る猫 |
| さすり猫 | 体の悪いところと同じ場所をなでる猫 |
| 猫の大佛・猫の不動明王 | 本殿を見守る大きな猫の大佛と、凛々しい姿の猫の不動明王 |
| 猫の七福神 | 表情豊かな猫の姿の七福神 |
| 猫の回廊 | 約1万体の招き猫が奉納された回廊 |
| 愛猫「三毛」の猫塚 | お松の愛猫をまつる塚 |
なかでもさすり猫は、具合の悪い体の部分と同じ場所をなでると、その病を引き受けてくれるといわれる像です。神社は病魔退散のほか、学力の向上や必勝の願いにも通じると紹介しています。
さらに屋根を見上げると、猫の形をした瓦が載っていると神社は案内しています。一方で朝日新聞は、足元に猫の足跡が点々と続く様子も伝えました。
そのため境内では、目の高さだけでなく足元と屋根にも目を配ると見落としが減るでしょう。猫の数を数えながら歩くのも、この神社ならではの楽しみ方です。
お松大権現に伝わるお松と化け猫の伝説
お松大権現の始まりには、無実を訴えて命を落とした女性と、その愛猫の仇討ちの伝説があります。神社の由緒をもとに、話の流れと呼び名の移り変わりをたどります。
お松の伝説のポイント
- 天和・貞享年間(1681〜1686年)の加茂村が舞台と伝えられる
- お松の愛猫「三毛」が化け猫となり、仇の家にたたったとされる
- 神社では、はじめ「義理大権現」と呼ばれたと伝える
お松が藩主に直訴するまで
伝説の舞台は、阿波国那賀郡加茂村で、時代は天和から貞享にかけて(1681〜1686年)です。いまの阿南市加茂町にあたり、神社の由緒と朝日新聞の記事がともにこの時代を挙げています。
由緒によると、不作が続いた村を救うため、庄屋の惣兵衛は田地五反を担保に富豪から金を借りました。惣兵衛は期限の前に金を返したものの、道ばたでの返済だったため証文を受け取らないまま病で亡くなります。
その後、妻のお松が証文を求めても、相手は金を受け取っていないと偽り、担保の田まで取り上げたと伝えられています。お松は奉行所に訴えましたが、賄賂を受けた奉行は道理に合わない裁きを下しました。
そこでお松は、藩主の行列の前に出て訴状を差し出す直訴に踏み切ります。神社の由緒は、これを貞享3年(1686年)の正月の出来事としています。
由緒によれば、当時の藩主への直訴は理由を問わず死罪とされていました。つまりお松の行動は、命と引き換えに真実を明らかにしようとした訴えとして語り継がれてきました。
愛猫「三毛」の仇討ちと日本三大怪猫伝
お松の死後、愛猫が化け猫となって仇の家にたたったというのが伝説の後半です。子のいなかったお松は三毛猫を我が子のようにかわいがり、処刑の前に無念を言い含めたというのが由緒の語るところです。
やがて奉行と富豪の家には怪しい猫が現れ、変事が続いて両家は絶えたといいます。この話は、有馬・鍋島の猫騒動と並ぶ日本三大怪猫伝のひとつとして、神社と阿南市がともに紹介しています。
民俗学者の飯倉義之氏は、研究所の取材に「江戸の歌舞伎芝居では、怪猫物といって、化け猫の芝居がすごく流行ったんです。」と語っています。飯倉氏によると、江戸の怪猫物には佐賀の鍋島、有馬、岡崎の三つの拠点がありました。殺された飼い主の無念を晴らすために猫が化けるという筋は、お松の伝説ともよく似ています。
ただし、お松の最期の伝え方は資料によって同じではありません。神社の由緒や阿波ナビ、四国電力の広報誌は処刑と書く一方、阿南市の紹介ページは自害したと記しました。
どちらが史実なのかを裏づける記録は、研究所が調べた範囲では確認できていません。そのため本記事では、神社の由緒にそって処刑として紹介し、異なる伝えがあることを添えておきます。
義理大権現からお松大権現へ
お松はもともと、「義理大権現」の名でひそかにまつられていたと神社は伝えます。葬儀に関わった太龍寺の僧が、義を貫いた生き方に心を打たれて、この名を授けたというのです。
罪人とされた庶民に「権現」の名を贈るのは、身分の秩序に背く行為でした。だからこそ村人たちは、お上をはばかりながら、お松の話を子や孫へ小声で語り継いだとされています。
神社の説明によれば、この話を表立って語れるようになったのは明治に入り、言論の自由が認められてからでした。昭和の初めには芝居の演目としても喝采を浴び、それを機に名が「お松大権現」へ改められました。
神社の由緒には、昭和38年(1963年)に拝殿を建てた折、本殿をお松の墓所の地から移したと記されています。墓所のそばには、樹齢300年以上と推定される2本の槇(まき)が御神木として守られてきました。
つまり神社の名の変化には、お松の話を隠して守った時代と、表で語れる時代の両方が刻まれています。招き猫が並ぶにぎやかな境内の奥に、こうした歴史があることも覚えておきたいところです。
猫が恩を返したり人を導いたりする話は、招き猫ゆかりの各地にも残っています。豪徳寺や今戸に伝わる言い伝えとの違いは、伝説の記事で比べました。
お松大権現のように猫を神として祀る寺社は、全国にあります。次の記事で一覧にしています。
お松大権現のご利益と招き猫

お松大権現は、勝負事に勝ちたい人が手を合わせる神社として信仰を集めています。ご利益の背景に加え、神社が語る招き猫の手の意味と、神庫に眠る古い招き猫も取り上げます。
勝負事と合格祈願の神
お松大権現のご利益の中心は、訴訟必勝や受験合格といった「勝負」の願いです。神社の公式サイトは、ほかに商売繁盛やスポーツ必勝、金運招来、病気平癒なども挙げています。
なぜ勝負の神になったのかについて、四国電力の広報誌は伝説との結びつきを説明しました。悪人を成敗した猫神さんは、頑張った人に勝負運を授けると言われるようになった、というものです。
そのため受験シーズンになると、合格を願う参拝者で境内がにぎわいます。阿南市と阿波ナビも、ともにこの時期の様子を紹介しました。
一方で、願いは受験だけに限りません。神社によると選挙や商売、スポーツの勝利を願う人も訪れ、境内には願いを書いた絵馬が数多く掛けられています。
ちなみに研究所の色の定義では、学業向上の願いは青にあたります。神社の招き猫とは別に、家で受験生を見守る一体を選ぶときの目安にしてください。
右手の猫と左手の猫の違い
お松大権現では、右手を上げた猫は雄、左手を上げた猫は雌と説明しています。右手の雄猫は金運や幸福を、左手の雌猫は千客万来を呼ぶ、というのが神社の紹介です。
手の左右で願いを分ける考え方は、各地の招き猫にも広く見られます。ただし、猫に雄と雌を当てはめる説明は、この神社の案内にはっきり書かれている点が目を引きます。
とはいえ、左右のどちらが正しいという決まりがあるわけではありません。商いの場なら客を招く左手、家なら金運の右手というように、願いに合わせて選ぶのが自然でしょう。
右手と左手の意味が生まれた背景や、両手を上げた猫の考え方については、手の違いを扱った記事で掘り下げました。
神庫に納められた古瀬戸の招き猫
境内に並ぶ約1万体のほかに、神社の神庫には「古瀬戸と言われる招き猫」が約400体保管されています。ふだん目にすることはないものの、神社の公式サイトがこの数を記しています。
古瀬戸は、愛知県瀬戸市で焼かれた古い招き猫を指すときに使われる言葉です。ただし「古瀬戸」には、中世のやきものを指す使い方と、招き猫の型を指す使い方の2つがあります。
神社の説明だけでは、400体がどちらの意味で古瀬戸と呼ばれているのかまではわかりません。そのため研究所では、瀬戸の古い招き猫と伝わる品として受け止めておきます。
それでも、遠く徳島の神社にまで瀬戸の招き猫が納められていることは、産地と信仰の結びつきを示しています。招き猫が各地の寺社へ運ばれ、願いとともに残されてきたことがうかがえるでしょう。
古瀬戸の2つの意味や、瀬戸焼の招き猫の特徴は、産地の記事で詳しく紹介しました。
神庫の古い招き猫の話から、いまの瀬戸の作り手に興味がわいた人もいるかもしれません。研究所の運営元の株式会社日本招き猫総合研究所は、招き猫のブランド「Luxen Maneki」も持っています。
六古窯に数えられる瀬戸の窯で、職人が一体ごとに金彩を手描きして仕上げる招き猫です。
招き猫を借りて倍にして返す「勧請」
お松大権現の招き猫が増え続けるのは、借りた猫に1体を足して返す「勧請(かんじょう)」のならわしがあるためです。流れと、その仕組みが招き猫の数にどう表れているかを確かめます。
勧請の流れ
勧請とは、もとは神仏に来ていただくよう願うことを指す言葉です。お松大権現では、社殿の招き猫をお借りして、家でおまつりすることをこう呼んでいます。
お松大権現の勧請の流れ(2026年10月時点の公式サイトから)
- 社殿にまつられた招き猫を1体お借りする
- 家に持ち帰っておまつりする
- 願いがかなったとき、または1年が過ぎたら神社へ向かう
- 社務所で招き猫を1体求め、借りた猫と合わせて2体にする
- 2体をもとの社殿にお返しする
借りた数を倍にして返すことから、神社は「倍返し」のならわしと説明しています。朝日新聞も、願い事をする人が1体を持ち帰り、かなうと新たな1体を加えて2体を奉納すると伝えました。
ここで大切なのは、返す時期が願いの成就か1年と決められている点です。かなわなかった場合も1年を区切りに返すため、借りたままにならない仕組みといえます。
ただし、お借りする手順の細かな点は公式サイトに書かれていません。初めての人は社務所で声をかけてから猫をお借りすると安心でしょう。
招き猫が増え続ける理由
勧請では、1体を借りた人が2体にして返すため、願いがひとつかなうごとに社殿の猫が1体ずつ増えていきます。朝日新聞が、招き猫がどんどん増えていくと伝えたのも、この仕組みによるものです。
つまり約1万体の招き猫は、一度に集められたものではありません。お借りして、願いを託し、返しに来た人の数だけ積み重なってきた参拝者の足跡といえるでしょう。
一方で、豪徳寺のように、授かった招き猫を願いがかなったあとに納める寺社もあります。お松大権現は、借りるところから始まる点で、寺社と家の間を猫が行き来する色合いが濃いのです。
また、借りた猫を返す先がはっきりしているため、古くなった猫の扱いに迷うことも少なくなります。授かった招き猫をどう返すかは、寺社ごとの案内をまとめた記事で確かめられます。
お松大権現の授与品・御朱印・ご祈祷

お松大権現の授与品は、招き猫と合格祈願の品が中心です。御朱印やご祈祷、年間の祭典もあわせて、公式サイトで確かめられた内容を整理しました。
招き猫と合格祈願の授与品
授与品の招き猫は、小・中・大の3つの大きさと、古風・オリジナル・唐草・合格招きの意匠がそろっています。受験の神様らしく、鉛筆やマークシート用の文具も並ぶのが特徴です。
お松大権現の主な授与品(2026年10月時点)
| 種類 | 品名 |
|---|---|
| 招き猫 | 小・中・大/古風・オリジナル・唐草・合格招き |
| 絵馬 | 大・中・小 |
| 合格祈願の文具 | 鉛筆セット・鉛筆・マークシートセット・シャープペンシル |
| オリジナルグッズ | Tシャツ・タオル・マグカップ・キーホルダー |
公式サイトには、招き猫や絵馬の値段は載っていません。そのため値段を知りたい場合は、社務所に電話(0884-25-0556)で尋ねてください。
また神社は、ここに挙げた品のほかにも、猫の御神体にちなむお守りを数多く授けていると案内しています。四国電力の広報誌も、猫が描かれたお守りを猫好きが求めて訪れると紹介しました。
だからこそ、受験生への土産なら文具、自分のためなら招き猫というように、目的で選び分けるとよいでしょう。
猫の社紋が入った御朱印
お松大権現の御朱印は、猫の社紋が入った一枚で、初穂料は500円と案内されています(2026年10月時点)。社務所で受け付けており、四国電力の広報誌は香箱座りの猫の御朱印として紹介しました。
香箱座りとは、猫が前足を胸の下にしまって座る姿のことです。社紋にまで猫が使われている点に、猫神さんとして親しまれてきた神社の性格が表れています。
ただし、書き置きか直書きか、郵送に応じているかは公式サイトに書かれていません。遠方から御朱印を目当てに訪ねるなら、受付時間内の9時〜17時に着くよう予定を組みましょう。
出典:お松大権現「お守り・おみやげ」
出典:四国電力「ライト&ライフ」2021年9月号「猫だらけの境内に奉られた勝負の神様」
ご祈祷と年間の祭典
お松大権現では、必勝祈願や受験合格、商売繁盛などのご祈祷を9時から17時まで受け付けています。申込用紙に住所や氏名、願い事を書き、社務所に申し出る流れです。
一方で、ご祈祷の受け方には2つの形があります。拝殿に上がってお祓いを受ける即座祈祷と、時間が取れない人が祈祷を頼んで帰り、社務所でお札を受ける受付祈祷です。
お松大権現の祭典(2026年10月時点)
| 祭典 | 日にち |
|---|---|
| お正月 | 1月1日・2日・3日 |
| ご祭典 | 5月1日 |
| 命日祭 | 旧暦3月15日 |
| 月並祭 | 毎月1日・15日 |
命日祭が旧暦の3月15日なのは、由緒がお松の最期をこの日としているためです。初穂料は公式サイトに書かれておらず、社務所か電話で確かめるよう神社が案内しています。
お松大権現へのアクセスと参拝の目安
お松大権現は、JR阿南駅からバスで約40分の山あいの神社です。車で訪ねる人も多いため、駐車場の台数とあわせて行き方を整理しました。
バスと車での行き方
公共交通で向かうなら、JR阿南駅から加茂谷行きの阿南バスに乗り、「お松権現前」で降りるのが基本です。乗車時間は約40分で、神社と阿波ナビがともに同じ行き方を案内しています。
お松大権現へのアクセス(2026年10月時点)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所在地 | 〒771-5173 徳島県阿南市加茂町不け63 |
| バス | JR阿南駅から加茂谷行き阿南バス「お松権現前」下車(約40分) |
| 車 | 徳島インターチェンジから約50分 |
| 駐車場 | 20台・無料 |
| 参拝時間 | 9時〜17時 |
| 電話 | 0884-25-0556 |
出典:お松大権現「アクセス」
出典:阿波ナビ(徳島県観光情報サイト)「お松大権現」
バスで訪ねる場合は、帰りの時刻まで先に調べておくと安心です。一方で車なら、無料の駐車場が20台分用意されています。
ただし駐車場は大きくないため、受験シーズンや正月は混み合うことも考えられます。時間に余裕を持った計画を立てておきましょう。
伝説五反地と伝承のやかた
境内の外にも、お松の伝説を物語る「伝説五反地」が残っています。惣兵衛が担保に入れたとされる土地で、神社から歩いて3分ほどのところに碑が建てられました。
由緒によると、刑場は五反地からさらに200mほど西、加茂川と那賀川が出合うあたりの河原だったとされます。地図の上で伝説の地名をたどれるのも、この神社を訪ねる楽しみのひとつです。
一方で境内の奥には、お松の伝承を伝えるギャラリー「伝承のやかた」があります。土産のコーナーも併設され、軒下は緑と小さな滝に囲まれた休憩の場所になっています。
さらに阿波ナビは、資料館で切り絵画家の故・宮田雅之さんの作品を見られると紹介しました。そのため参拝のあとは、伝承のやかたで伝説を絵で振り返ると理解が深まるでしょう。
お松大権現とあわせて、岡山や尾道の招き猫美術館など中国・四国で招き猫に出会える場所を次の記事にまとめました。
徳島のもう一つの猫神社・王子神社

「猫神社 徳島」で探すと、お松大権現と並んで徳島市の王子神社が見つかります。こちらも「猫神さん」と呼ばれ、しかもお松と猫の話を伝えてきました。
王子神社とお松大権現の違い
王子神社は、徳島市八万町の文化の森にある「猫神さん」です。神社の公式サイトによると、別名は「阿波の猫騒動」と呼ばれる言い伝えから生まれたものです。
王子神社とお松大権現の比べ方(2026年10月時点の公式サイトから)
| 項目 | お松大権現 | 王子神社 |
|---|---|---|
| 所在地 | 阿南市加茂町 | 徳島市八万町(文化の森) |
| まつる神 | お松・愛猫「三毛」 | 天津日子根命・お松大明神・お玉大明神 |
| お松の立場 | 庄屋の妻 | 庄屋の娘 |
| 猫の名 | 三毛 | お玉 |
| 主なご利益 | 勝負必勝・受験合格など | 合格祈願・開運・良縁・商売繁盛 |
王子神社の由緒では、無実の罪で捕らえられた庄屋の娘・お松が、愛猫お玉に報復を言い含めたと伝えます。蜂須賀家の家老だった長谷川家が、お松とお玉の霊をこの地にまつったとされています。
つまり同じお松の話でも、お松の立場や猫の名前が2つの神社で異なるのです。どちらが本来の形かを決める根拠はないため、それぞれの神社の伝えとして受け取るのがよいでしょう。
なお王子神社の公式サイトには、招き猫の授与や奉納の案内は載っていませんでした。招き猫をめあてにするならお松大権現、猫の話をもう一つたどるなら王子神社と、目的で選んでください。
招き猫を授かれる全国の寺社は、地域ごとに整理した一覧の記事で探せます。
四国のほかに猫の神社を訪ねるなら、九州にも招き猫や猫を祀る社があります。
よくある質問
Q. お松大権現は何と読みますか?
A. 「おまつだいごんげん」と読みます。四国電力の広報誌も、この読みで紹介しました。神社の正式な名称は宗教法人お松権現社で、バス停の名前も「お松権現前」です。地元では「猫神さん」の呼び名で親しまれており、神社自身も合格・必勝祈願の猫神さんと名乗っています。
Q. 日本三大怪猫伝のほかの2つは何ですか?
A. 有馬と鍋島の猫騒動です。神社の由緒と阿南市の紹介ページが、お松大権現の話をこの2つと並ぶ日本三大怪猫伝として挙げています。お松大権現の話では、お松の愛猫「三毛」が仇の家にたたったと伝えられています。
Q. お松大権現のご祈祷の初穂料はいくらですか?
A. 公式サイトには金額が載っていません。神社は、初穂料などわからない点は社務所か電話(0884-25-0556)で尋ねるよう案内しています。受付は9時から17時までで、申込用紙は公式サイトから印刷して持参することもできます。
Q. 参拝にはどのくらい時間を見ておけばよいですか?
A. 神社は所要時間の目安を示していません。境内には猫の回廊や猫の大佛、伝承のやかたなど見どころが多く、伝説五反地も歩いて3分ほどの距離にあります。バスで訪ねる場合は帰りの便の時刻から逆算し、ゆとりを持って予定を組むと安心です。
招き猫研究所がつくる瀬戸焼の招き猫「Luxen Maneki」
お松大権現の招き猫は、神社からお借りして、願いがかなえば2体にしてお返しするものです。そのため返したあとも、家に置き続ける一体がほしいと考える人もいるでしょう。
神社の招き猫の代わりにはなりませんが、どこの誰が作ったのかがわかる一体を選ぶ道もあります。株式会社日本招き猫総合研究所のブランド「Luxen Maneki」は、六古窯に数えられる瀬戸で焼かれる招き猫です。
金彩は伝統窯の職人の手描きです。注文を受けてから一体ずつ作るため、届くまでに約4〜6週間かかります。完成した猫は、特製の桐箱に入れて送り届けています。
まとめ
お松大権現は、約1万体の招き猫が並ぶ徳島県阿南市の「猫神さん」です。お松の愛猫が仇を討ったという伝説から、勝負事や合格を願う人が多く訪れてきました。
この神社の招き猫は、借りて家でまつり、成就か1年で2体にして返す勧請のならわしによって増えています。訪ねるときは、9時〜17時の参拝時間と、バスの帰りの時刻を先に確かめておきましょう。
御朱印は猫の社紋入りで、初穂料は500円でした(2026年10月時点)。猫の話をもう一つたどるなら、徳島市の王子神社もあわせて訪ねると、お松の伝えの違いを比べられます。








