この記事でわかること
- 猫の神様に共通の名前はなく、土地ごとに呼び名が違う
- 蚕を守った働きや化け猫の伝説から猫は神になった
- 招き猫を授かる寺社と猫を祀る寺社は成り立ちが違う
- 東北から九州まで、猫を祀る寺社を地方別に一覧で紹介
日本の猫の神様は、土地ごとに祀られてきた一匹一匹の猫です。宮城県丸森町では蚕を守った猫が「猫神さま」と呼ばれてきました。徳島県阿南市では、化け猫の伝説をもつ猫が「猫神さん」として親しまれています。
猫が神になった道筋は、働きへの感謝、たたりを鎮める祈り、恩返しへのお礼の三つに分けるとつかみやすくなります。研究所が取材した民俗学者の話と、辞典や大学、自治体の資料から、その理由をたどりました。
後半では、2026年10月時点の各寺社と自治体の公式案内をもとに、猫を祀る寺社を地方別に並べています。招き猫を授かる寺社との違いもあわせて整理しました。
日本の猫の神様とは
日本で「猫の神様」と呼ばれるのは、猫そのものを神や仏として祀った社・地蔵・石碑のことです。祀られた理由も呼び名も場所ごとに異なり、全国で通じる一つの神名があるわけではありません。
猫の神様の名前は土地ごとに違う
猫の神様の名前は、地元の人の呼び名が定着したものがほとんどです。丸森町の「猫神さま」やお松大権現の「猫神さん」は、どちらも親しみを込めた呼び名でした。
主な猫の神様の呼び名
| 呼び名 | 場所 | 祀られている猫 |
|---|---|---|
| 猫神さま | 宮城県丸森町の石碑 | 養蚕を守った猫、飼われていた猫 |
| 猫神さん | お松大権現(徳島県阿南市) | お松の愛猫「三毛」 |
| 猫又権現 | 南部神社(新潟県長岡市) | 蚕や繭をネズミから守る猫の力 |
| オトラサマ | 遠野郷八幡宮の猫神社(岩手県遠野市) | 社務猫として仕えたトラ猫 |
| たま大明神 | たま神社(和歌山県紀の川市) | 貴志駅の初代の猫駅長 |
| 猫地蔵 | 自性院(東京都新宿区) | 太田道灌を導いたと伝わる黒猫 |
一方で、オトラサマやたま大明神のように、祀られた猫の名前が神の名になった例もあります。神社の祭神として祀る形、地蔵として供養する形、道端に石碑を建てる形と、祀り方もさまざまです。
だからこそ「猫の神様の名前は?」と聞かれたら、どの土地のどの猫かによって答えが変わると考えるのが確かでしょう。
猫の神様の四つの型
全国の猫の神様は、人が猫に何を託したかで四つの型に分けられます。研究所が各地の寺社と自治体の案内を見比べ、祀られた理由ごとに整理しました。
猫の神様の四つの型
| 型 | 祀られた理由 | 主な例 |
|---|---|---|
| 守り手の猫 | 蚕や繭をネズミから守った、漁を見守った | 丸森町の猫神さま、木島神社の狛猫、田代島の猫神社 |
| 鎮められた猫 | 化け猫となり、飼い主の仇にたたった | お松大権現、王子神社 |
| 恩を返した猫 | 人を導いた、寺を救った、村を守った | 自性院、称念寺、猫の宮 |
| 親しまれた猫 | 神社や駅で人を迎え、亡くなったあと神に送られた | 遠野郷八幡宮の猫神社、たま神社 |
このうち最も数が多いのは、養蚕と結びついた守り手の猫です。丸森町の観光物産振興公社によれば、猫神は東北や長野など、蚕を飼ってきた土地に多く分布しています。
つまり猫の神様の多くは、ネズミと戦った働き手としての猫から生まれました。次の章では、それぞれの型がなぜ生まれたのかを順に追っていきます。
猫が神として祀られた理由
猫が神になった理由の中心には、ネズミから蚕と繭を守る力がありました。そこに化け猫への恐れや、人を助けた猫への感謝が重なり、猫を祀る寺社が各地に生まれています。
蚕をネズミから守った猫
猫が神になった一番の理由は、養蚕の大敵だったネズミを退けたことです。研究所が話を聞いた島村恭則氏(民俗学)によれば、群馬や福島では、招き猫にも蚕を守る役目が強く託されていました。
飯倉義之氏(民俗学)も、蚕を飼う農村では、ネズミを追う猫が福をもたらす存在とみなされたと話しています。北関東から宮城の南部までの一帯には、猫を大事にしてきた文化が見られるというのが飯倉氏の見方です。
では、なぜ猫は大切にされるだけでなく、神にまでなったのでしょうか。群馬県の藤岡市観光協会は、江戸時代の繭の収量は飼い方の未熟さや害獣、天候に左右され、不安定だったと説明しています。
そのため人々は、ことあるごとに神に頼りました。そこでネズミに圧倒的に強い猫が、やがて神として崇められていったというのが観光協会の特別展の解説です。
あわせて猫を蚕の神とする信仰は、享和3年(1803年)に刊行された養蚕の手引き書『養蚕秘録』にも記されています。収入を左右する繭を守る猫だからこそ、神として頼られたといえるでしょう。
猫絵と御札に描かれた猫神
養蚕の村では、生きた猫だけでなく、猫を描いた絵や御札もネズミ除けに使われました。埼玉県立久喜図書館がまとめた資料によると、県内の養蚕家はネズミよけに猫の絵やお札を用いていたそうです。
よく知られるのが「新田猫(にったねこ)」と呼ばれる猫絵です。新田岩松氏の歴代の当主が描いたもので、藤岡市観光協会の特別展では当主四代の猫絵が並びました。
飯倉氏も研究所の取材で、上州(群馬県)の殿様が描いた猫絵はネズミを払うと信じられたと触れています。一方で東京農工大学科学博物館は、2019年から翌年にかけて「猫神様と養蚕展」を開きました。
この企画展では、養蚕信仰にかかわる猫札や絵馬、新田猫が公開されています。大学は、猫がネズミから繭や幼虫を守り、豊作を願う象徴として信仰されたと考えられると説明しました。
つまり猫神は、石碑や社だけでなく、ネズミ除けに用いる一枚の絵としても暮らしの中にいたのです。本物の猫にまつわる言い伝えや、経典を守った猫の話は別の記事で扱いました。
化け猫のたたりを鎮める
猫が神になったもう一つの道は、恐れられた化け猫を祀って鎮めることでした。日本大百科全書は、年を経た猫が尾の割れた猫又になるという伝えや、鍋島家・有馬家の猫騒動を紹介しています。
飯倉氏によると、行灯の油をなめ、女性に化ける化け猫の姿は江戸の歌舞伎がつくったものです。怪猫物と呼ばれる芝居が流行し、そのイメージが後の時代まで受け継がれました。
しかも芝居の化け猫は、お家騒動で命を奪われた主人の恨みを晴らそうと化けるのが定番でした。飯倉氏はこれを、半分は幽霊のような存在だと説明しています。
徳島県のお松大権現も、化け猫の伝説から始まった神社です。無実を訴えて命を落としたお松に代わり、愛猫が相手の家にたたったと伝わります。神社によると、お松ははじめ「義理大権現」の名でひそかに祀られました。
徳島市の王子神社も、お松と愛猫お玉の霊を祀ったと伝えています。恐れられた猫は、やがて勝負事や合格を願う人が訪れる「猫神さん」へと姿を変えました。たたる力は、願いをかなえる力として読み替えられたわけです。
人を助けた猫への感謝
人の命や寺を救ったと伝わる猫も、感謝を込めて地蔵や塚に祀られました。東京都新宿区の自性院によると、太田道灌は夜道で迷った自分を導いた黒猫を城に連れ帰っています。
黒猫が死んだあと、道灌が供養のために納めた地蔵尊が自性院の猫地蔵の始まりと寺は伝えます。京都市上京区の称念寺では、住職に追い出された猫が夢枕に立ち、寺を立て直すきっかけを告げたという寺伝が残りました。
それ以来、称念寺は猫の霊を手厚く守り、「猫寺」と呼ばれるようになったそうです。両国の回向院にも、恩を返した猫の話が伝わる文化13年(1816年)の猫塚が残ることも見逃せません。
村に潜む大蛇から人々を救ったとされる三毛猫「玉」は、山形県高畠町の猫の宮に祀られています。日本大百科全書も、貧しい寺の猫が不思議な力で檀家を増やす昔話「猫檀家」を紹介しています。
飯倉氏によれば、人の家と外を自由に出入りする動物は、不思議な力をもつと考えられやすいそうです。人の知らない世界を知る猫だからこそ、道を示し、危機を知らせる話の主役になったのでしょう。
人に親しまれた猫を神に送る
人のそばで働き、暮らした実在の猫が、亡くなったあと神に送られた例もあります。近年では、岩手県の遠野郷八幡宮で、参拝者を先導して社まで歩いた社務猫オトラサマが猫神社の神となりました。
神社の伝えでは、平成25年(2013年)にオトラサマが姿を消し、同じ年のうちに猫神社が建てられました。和歌山電鐵貴志川線の貴志駅では、初代の猫駅長たまが2015年に亡くなりました。
同じ年、ホームに建てられたたま神社で、たまは「たま大明神」として祀られています。一方で、宮城県石巻市の田代島にも猫神社があります。網を据える作業の最中に命を落とした猫を、漁の元締めが葬ったのが始まりです。
また鹿児島市の仙巌園の猫神社は、戦国武将の島津義弘が戦場へ連れて行き、無事に帰った2匹の猫を祀る社です。どれも、人とともに働き、暮らした猫への思いが形になったものといえます。
ただし、こうした社は招き猫を授かる場所とは性格が異なります。猫を偲び、猫の健康を願う場所として訪ねるのがふさわしいでしょう。
招き猫の寺社と猫を祀る寺社の違い
招き猫を授かる寺社と猫を神として祀る寺社は、猫に託す役目が「招く」か「守る・鎮める」かで分かれます。どちらも猫にまつわる寺社ですが、参拝の目的が変わるため、出かける前に区別しておきましょう。
授かる招き猫と祀られる猫
招き猫は家や店に持ち帰って福を招く縁起物で、猫の神様はその土地で祀られる猫です。飯倉氏は、商売繁盛などの意味をはっきり持たせた猫の置物を寺社で配るのは、日本独自の文化だと指摘しました。
招き猫を授かる寺社と猫を祀る寺社の違い
| 比べる点 | 招き猫を授かる寺社 | 猫を神として祀る寺社 |
|---|---|---|
| 猫の役目 | 手招きで福や客を呼ぶ | 蚕を守る、霊を鎮める、恩に報いる |
| 形 | 授与品の招き猫、招き猫みくじ | 社、地蔵、塚、石碑、狛猫 |
| 願いを託す場所 | 持ち帰った家や店 | その土地の寺社 |
| 主な願い | 商売繁盛・開運・金運 | 養蚕の成功、猫の供養、勝負事、愛猫の健康 |
表のとおり、招き猫は持ち運べる縁起物として広まった点に特徴があります。だるまや熊手と同じく家に迎える縁起物ですが、猫の手招きという所作に願いを重ねた点が異なります。
一方で猫神の社は、猫が生きて働いた土地と切り離せません。丸森町の猫碑が道端や寺の境内に立つのも、猫と人が暮らした場所そのものが信仰の舞台だからです。
寺社にいる猫の姿としては、日光東照宮の彫刻「眠り猫」も知られています。招き猫との違いは次の記事で紹介しています。
両方の顔をもつ寺社
招き猫と猫神の境目は、同じ寺社の中で重なり合うこともあります。東京都世田谷区の豪徳寺は、井伊直孝を招いたと伝わる猫を招福猫児(まねきねこ)として招福殿に祀り、招き猫を授けてきました。
お松大権現も、猫神さんと呼ばれる一方で、境内に約1万体もの招き猫を集めてきた神社です。願いがかなうと、借りた招き猫にもう1体を添えて納める「勧請」が、猫の数を増やしてきました。
長野県飯田市の冨士山稲荷神社では、境内社で猫を「ねこさま」として祀り、八種の招福猫も授けています。大分県臼杵市の福良天満宮も、「招福の赤猫」をお祀りする招霊赤猫社を境内に置いています。
つまり猫を祀る信仰と招き猫を授ける習わしは、別々に生まれながら、各地で結びついてきました。招き猫を授かりたい人は、全国の招き猫ゆかりの寺社をまとめた記事と資料室の一覧から探せます。
猫神の社が猫を土地に祀るのに対し、招き猫は家に迎えて長く付き合う縁起物です。家に置く一体なら、産地や作り手まで確かめてから迎えたいと感じる人もいるはずです。招き猫研究所を運営する株式会社日本招き猫総合研究所では、瀬戸焼の招き猫「Luxen Maneki」をつくっています。
その金彩は、伝統窯の職人が手作業で一体ごとに描き入れたものです。
全国の猫の神様を祀る寺社一覧
猫を神や仏として祀る寺社は、東北から九州まで各地に残っています。研究所が地方別の記事で取り上げた寺社のうち、猫そのものを祀る場所を中心に並べました。
全国の猫の神様を祀る主な寺社(2026年10月時点)
| 地方 | 場所 | 祀られている猫 |
|---|---|---|
| 東北 | まるもりの猫神さま(宮城県丸森町) | 養蚕の神・飼い猫の供養として建てた猫碑 |
| 東北 | 田代島の猫神社(宮城県石巻市) | 漁の準備中の事故で死んだ猫 |
| 東北 | 遠野郷八幡宮 猫神社(岩手県遠野市) | 社務猫オトラサマ |
| 東北 | 猫の宮(山形県高畠町) | 大蛇から村を守った三毛猫「玉」 |
| 関東 | 自性院(東京都新宿区) | 太田道灌を導いた黒猫(猫地蔵) |
| 関東 | 回向院(東京都墨田区) | 報恩伝説の猫塚 |
| 関東 | 阿豆佐味天神社(東京都立川市) | 蚕影神社が「猫返し神社」と呼ばれる |
| 中部・北陸 | 冨士山稲荷神社(長野県飯田市) | 境内社で「ねこさま」を祀る |
| 中部・北陸 | 南部神社(新潟県長岡市) | 猫又権現と呼ばれる養蚕の神 |
| 近畿 | 称念寺(京都市上京区) | 寺を救ったと伝わる猫の霊 |
| 近畿 | 金刀比羅神社 木島神社(京都府京丹後市) | 蚕を守る狛猫 |
| 近畿 | たま神社(和歌山県紀の川市) | 猫駅長のたま大明神 |
| 四国 | お松大権現(徳島県阿南市) | お松の愛猫「三毛」 |
| 四国 | 王子神社(徳島市) | お松と愛猫お玉の霊 |
| 九州 | 仙巌園 猫神社(鹿児島市) | 島津義弘と戦場から帰った2匹の猫 |
表のうち、養蚕と結びついて信仰されてきたのは丸森町・田代島・猫の宮・阿豆佐味天神社・南部神社・木島神社などです。各寺社の由来や行き方は、地方別の記事で詳しく紹介しています。
東北の猫の神様
東北は、養蚕と漁を守った猫の信仰が濃く残る地方です。宮城県丸森町では、猫の姿や文字を刻んだ猫碑が次々に見つかっています。確かめられた数は石碑77基と石像7基で、今も増えていると町の観光物産振興公社は伝えます。
石巻市の田代島の猫神社は、繭を守り、漁の模様を占う手がかりにもなった猫の記憶を伝える社です。遠野郷八幡宮の猫神社は社務猫を、高畠町の猫の宮は村を守った三毛猫を祀っています。
ただし丸森町の猫碑は一か所にまとまっていないので、参拝というより町を歩いて探す旅になります。4か所の行き方と行事は、東北の記事にまとめました。
関東の猫の神様
関東では、東京の寺社に猫を弔う地蔵や塚が残ります。新宿区の自性院は太田道灌を導いた黒猫を猫地蔵として祀り、毎年2月3日の節分会で秘仏を開帳してきました。
両国の回向院は動物の供養を続けてきた寺で、境内には猫塚や犬猫の供養塔が並びます。立川市の阿豆佐味天神社では、蚕の天敵のネズミを捕る猫を守り神とする蚕影神社が「猫返し神社」と呼ばれています。
つまり関東の猫神には、養蚕の守りと猫の供養の両方が見られるのです。東京の寺社の授与や行き方と、自性院の由来は次の記事で扱っています。
中部・北陸の猫の神様
中部・北陸では、稲荷社の猫神社と、養蚕の猫又権現が代表です。飯田市の冨士山稲荷神社では、猫をまつる境内社の例祭が毎年2月22日に営まれます。
長岡市にある南部神社は、地元で「猫又権現」とも呼ばれ、蚕を育てる農家がネズミ除けを願って詣でてきた社です。境内には奉納された猫の石像があり、藤岡市観光協会の特別展でも南部神社の狛猫が取り上げられました。
あわせて静岡県島田市の康泰寺には、副住職とされた猫「みけ」にちなむ地蔵があり、参拝者は地蔵をなでてお参りします。招き猫を授かる寺社も含め、中部・北陸の8か所は地方の記事で確かめられるでしょう。
近畿の猫の神様
近畿の猫の神様は、寺を救った猫、蚕を守った猫、客を呼んだ猫と性格がはっきり分かれます。京都市上京区の称念寺は、猫の恩返しの寺伝から「猫寺」と呼ばれる寺です。
京丹後市の金刀比羅神社では、境内社の木島神社の前に、狛犬の代わりに石の狛猫が一対座っています。京丹後市は、蚕をネズミから守る猫の姿を写した像として、この一対を市の文化財に指定しました。
一方で和歌山県紀の川市のたま神社は、ローカル線の存続に力を尽くした猫駅長を祀ります。大阪・京都の招き猫の寺社とあわせて、関西の記事で詳しく紹介しました。
中国・四国の猫の神様
四国では、徳島県の二つの「猫神さん」がよく知られています。阿南市のお松大権現では、勝負や受験に臨む人が招き猫を借りていき、成就のお礼に1体を加えて返します。
徳島市八万町の王子神社も、お松と愛猫の話を伝える猫神さんです。ただし、お松の立場や猫の名前は2社で食い違っており、どちらが本来の話かを決める根拠はありません。
伝説の流れや勧請のならわし、王子神社との違いは、お松大権現の記事で整理しています。岡山・尾道の招き猫美術館など、中国地方の見どころは地方の記事にまとめました。
九州の猫の神様
九州で猫そのものを祀る社としては、鹿児島市の仙巌園にある猫神社が挙げられます。鹿児島県の観光サイトによると、島津義弘が戦地へ伴った猫は7匹で、そのうち生きて戻った2匹がこの社の祭神です。
参道で迎える案内猫や、手でふれるなで猫の像もあり、長生きや道中の無事を祈る人が訪れます。毎年2月22日には、飼い猫の長寿を願う祈願祭が園で営まれてきました。
一方で大分県臼杵市の福良天満宮は、招き猫の授与で知られる神社です。九州の5か所の違いと行き方は、九州の記事で確かめてください。
海外の猫の神様
海外で猫の神様として知られるのは、古代エジプトの女神バステトです。日本の猫神が土地ごとの猫を祀るのに対し、エジプトでは猫の姿をした女神が広く崇められました。
古代エジプトのバステト
日本大百科全書によると、古代エジプトでは猫の頭をもつ女神バステトが広く崇拝されました。遺跡からは数千もの猫のミイラが出土し、ときには餌のネズミのミイラも一緒だったといいます。
世界大百科事典も、古代エジプトで猫が聖獣として敬われたと記しました。むやみに殺した者は死刑になり、火事のときは真っ先に救い出さなければならなかったといいます。
一方でヨーロッパでは、猫は魔女と結びつけられ、とくに黒猫が魔性をもつと見られました。飯倉氏も、魔女の使い魔という見方が、ヨーロッパで猫が愛される妨げになったと研究所の取材で話しています。
つまり猫を神とする文化は世界に一つではなく、国ごとに猫の見られ方が大きく違うのです。日本の猫神は、一匹の猫と土地の人との物語から生まれた点で、エジプトの女神とは成り立ちが異なります。
よくある質問
Q. 猫は神様の使いですか?
A. 猫を神の使いと伝える寺社もあります。京都の檀王法林寺は、夜を守る神である主夜神尊のお使いを黒猫と伝え、黒い招き猫を授けてきました。ただし多くの猫神の社は、使いではなく猫そのものを神や仏として祀っています。寺社ごとの伝えを確かめるとよいでしょう。
Q. 猫の神様にはどんなご利益がありますか?
A. 寺社によって異なり、2026年10月時点で各寺社が示す内容は次のとおりです。遠野郷八幡宮の猫神社は縁結びと愛猫の健康長寿でした。お松大権現は勝負事や合格の願いで知られています。仙巌園の猫神社は健康長寿や旅の安全、阿豆佐味天神社の猫返し神社は、いなくなった猫の帰りを願う人が訪れる場所です。
Q. 亡くなった愛猫を供養できる寺社はありますか?
A. 山形県高畠町の猫の宮では、犬や猫などのペットを弔う供養祭が毎年7月下旬に営まれています。東京・両国の回向院も、古くから動物の供養を続けてきた寺です。受付の方法や費用は年によって変わります。2026年10月時点の情報のため、出かける前に各寺社や観光協会の案内を確かめてください。
Q. 猫神様のお祭りはいつありますか?
A. 2026年10月時点で、宮城県丸森町の第6回猫神祭が2027年2月21日に予定されています。2月22日には、飯田の冨士山稲荷神社で猫神社の例祭があります。同じ日に鹿児島市の仙巌園も、飼い猫の長寿を祈る祭りを開いてきました。
招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」
猫の神様をたどると、猫に暮らしを託してきた人々の思いが見えてきます。その思いを受け継ぐ招き猫を家に迎えるなら、産地や作り手まで語れる一体を選びたくなりませんか。
とはいえ招き猫は産地も形もさまざまで、何を基準に選ぶか決めかねることもあるでしょう。株式会社日本招き猫総合研究所の「Luxen Maneki」は、日本六古窯に名を連ねる瀬戸の窯から送り出す招き猫です。
注文を受けてから一体ずつ仕上げるため、届くまでには約4〜6週間をいただいています。でき上がった猫は、特製の桐箱に入れて発送しています。
まとめ
日本の猫の神様は、土地ごとに祀られた猫たちで、共通の名前はありません。最も多いのは、養蚕の大敵だったネズミから蚕と繭を守った猫を神とした信仰です。
そこに化け猫のたたりを鎮める祈りや、人を助けた猫への感謝、親しまれた猫を偲ぶ思いが重なってきました。招き猫を授かる寺社とは、猫に託す役目が異なります。
猫の神様を訪ねるときは、地方別の一覧から近くの寺社を選んでみてください。その土地でなぜ猫が祀られたのかを知ってから参拝すると、社や石碑の見え方が変わるはずです。












