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招き猫の歴史・文化

招き猫の雑学12選は?名前の由来や「招福」の意味、なぜ猫かを紹介

この記事でわかること

  • 「ねこ」の名は鳴き声に親しみの「こ」が付いた言葉
  • 「招福」は福を招くことで、寺社によって読み方が違う
  • 招き猫が猫なのは、ネズミ除けと客を呼ぶ言い伝えから
  • 招き猫がいちばん多く作られている県は愛知県

招き猫には、人に話したくなる小さな雑学がたくさんあります。名前の由来から「招福」という言葉の意味、なぜ猫なのか、どこで多く作られているのかまで、答えを先に12個並べました。

どの雑学も、辞典や寺社・自治体の公式など、出典をたどれる資料で確かめています。気になった項目は、直後のカードから研究所の解説記事へ進んでください。

名前と言葉にまつわる招き猫の雑学

招き猫の名前には、猫という言葉の成り立ちと、福を招く願いが重なっています。辞典と寺社の公式から、名前と言葉の雑学を4つ選びました。

名前と言葉の雑学

  • 「ねこ」は鳴き声に、親しみを表す「こ」が付いた名とされる
  • 「招き猫」の辞典の用例は、明治の浅草の仲見世の場面
  • 「招福」は福を招くことで、豪徳寺と住吉大社で読み方が違う

雑学1 「ねこ」という名は鳴き声から生まれた

「ねこ」という呼び名は、猫の鳴き声から生まれたと辞典は説明しています。デジタル大辞泉によれば、「ね」は鳴き声をまねた音で、「こ」は親愛の気持ちを表す接尾語です。

精選版日本国語大辞典も、鳴き声に親しみの「こ」が付いた言葉だという説を載せています。つまり「ねこ」は、声を聞いて名を付け、かわいがる気持ちを添えた呼び方といえるでしょう。

あわせて同じ辞典には、平安時代の辞書『和名抄』の読みとして「ねこま」という古い呼び名も見えます。漢字の「猫」も鳴き声をまねた字だと、漢字辞典の字通は記しました。

一方で辞典には、三味線の胴に猫の皮を張ったことから、三味線や芸妓を「ねこ」と呼んだ例も並んでいます。招き猫の名を口にするときは、鳴き声から生まれた親しい呼び名が下敷きにあると思い出してください。

雑学2 辞典に載る「招き猫」の用例は明治の浅草

精選版日本国語大辞典が「招猫」の初出の実例に挙げるのは、尾崎紅葉の小説『隣の女』(1893年)の一文です。作中には、仲見世で喇叭(らっぱ)や招き猫を買って帰る男が描かれました。

仲見世は浅草寺の参道にある商店街で、招き猫は喇叭と並んで、そこで買い求める品として描かれています。明治の東京では、招き猫が浅草の店先で気軽に手に入る品だったことがうかがえるでしょう。

ただし、これは辞典が選んだ文学作品の用例で、言葉そのものの始まりを示すものではありません。「招き猫」という名と手を挙げた姿は、江戸時代末期の記録にすでに現れているからです。

それでも浅草という舞台は、土製の招き猫が盛んに作られた今戸とも近い土地です。日本大百科全書は、今戸の招き猫が今戸焼の代表的な品になったと記しています。浅草と招き猫の縁は、明治の小説にも残っていたと読めるでしょう。

浅草のそばで招き猫を焼いてきた今戸焼の歩みは、別の記事にまとめています。

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雑学3 招き猫の別名は寺社や産地で変わる

招き猫には、寺社や産地ごとに受け継がれてきた別名があります。同じ手招きの猫でも、どこで生まれ、どこで授かるかによって呼び名が変わるのです。

招き猫の主な別名と呼び名(2026年10月時点で公式・辞典を確認)

呼び名読みどこの呼び名か
招福猫児まねきねこ豪徳寺(東京都世田谷区)の招き猫
招福猫しょうふくねこ住吉大社(大阪市)の初辰まいりで授かる猫
丸〆猫まるしめねこ今戸人形(東京)の招き猫
Maneki nekoマネキネコ国立国会図書館の件名で使う英語の表記

表のうち丸〆猫は、尻に丸で囲んだ「〆」の字が入る今戸人形です。デジタル大辞泉プラスは、全国の招き猫の中で最も古い作例とされると説明しています。

また国立国会図書館の件名では、招き猫は「人形」と「縁起物」の下に置かれた言葉です。

つまり、別名を知ると、その猫がどこの縁起物かがわかるでしょう。呼び名の違いは、授かった場所や作られた土地の記憶でもあります。

英語での呼び方の違いと、海外で招き猫が好まれる理由は、下の2本の記事に分けて書いています。

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雑学4 「招福」とは福を招くこと

「招福(しょうふく)」は、福を招いて幸せを呼び込むことを表す言葉です。デジタル大辞泉は用例に、災いを除いて福を招く「除災招福」を挙げています。

この言葉は、招き猫の名前にも使われてきました。豪徳寺は、福を招いた猫を「招福猫児」と書いて「まねきねこ」と呼び、その猫をまつる招福殿を建てました。

一方で住吉大社は、初辰まいりで授ける猫を「招福猫」と書き、「しょうふくねこ」と読ませました。同じ「招福」の字でも、寺社によって読みが分かれるわけです。

なお住吉大社の招福猫は、奇数の月は左手、偶数の月は右手を挙げた小猫を毎月一体ずつ集めます。48体を集め終えたら満願成就のしるしとして納め、ひと回り大きな招福猫に替えてもらう習わしです。

だるまや熊手が道具や人の姿で福を表すのに対し、招き猫は生きた動物のしぐさで福を招く姿を表しています。「招福」という言葉を名に負った猫だと覚えておくと、寺社で授かる猫の名も読み解きやすくなるでしょう。

豪徳寺の招福猫児の授かり方と、住吉大社の招福猫の集め方は、下の記事でそれぞれ案内しています。

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招き猫の始まりと「なぜ猫か」の雑学

招き猫の始まりをたどると、猫と人の長い付き合いと、江戸の町の流行が見えてきます。古い説話から江戸の記録まで、3つの雑学を年代順に並べました。

始まりと「なぜ猫か」の雑学

  • 日本最古の仏教説話集にも、猫になって家を訪ねる話がある
  • 猫が選ばれた背景には、ネズミ除けと客を呼ぶ言い伝えがある
  • 招き猫の名と姿がそろう記録は、嘉永5年(1852年)の丸〆猫

雑学5 最古の仏教説話集にも猫が登場する

日本最古の仏教説話集『日本霊異記』にも、猫が登場します。精選版日本国語大辞典は「猫」の初出の実例として、この説話集の一節を挙げました。

引かれているのは、語り手が正月一日に猫になって相手の家に入ったと明かす場面です。人が姿を変えて訪ねる先に猫が選ばれており、猫が家に出入りする身近な動物として語られていたことがうかがえます。

『日本霊異記』は、奈良の薬師寺の僧・景戒(けいかい)がまとめた説話集です。成立は弘仁年間(810〜824年)とされ、因果応報を説く116の話を収めています。

美術史学者の山本陽子氏は研究所の取材で、『枕草子』第九段にふれて「一条天皇が大切にされていた猫がいて」と語っています。この猫は「命婦のおとど」と呼ばれ、宮中で丁重に扱われていました。『日本霊異記』のあとの平安時代にも、猫が人の暮らしの近くで大切にされていたことがわかります。

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もちろん、この話は招き猫の起源を示すものではありません。ただし、平安時代のはじめから猫が人の家と結びつけて語られてきたことは、家に福を招く猫の姿を考える手がかりになるでしょう。

雑学6 招き猫が猫なのはネズミ除けと「顔を洗う猫」の言い伝え

招き猫が猫の姿をしているのは、ネズミを捕る働きと、客を呼ぶという言い伝えが重なったためです。世界大百科事典(旧版)によれば、猫が前足で顔をぬぐうと来客があるとする、中国の故事が背景にあるといいます。

同じ事典は、関東ではこの話が豪徳寺の飼い猫の恩返しとして伝えられたとも記しました。つまり手招きの形には、海を越えた故事と寺の縁起の両方が重ねられています。

あわせて日本大百科全書は、関東の張り子の招き猫を、おもに農家が買い求めたと説明しています。蚕を食い荒らすネズミを遠ざける願いが込められていたためです。

民俗学者の飯倉義之氏は、研究所の取材に「猫を飼って経典を守るということで、お寺と猫のつながりがあったんですね。」と語っています。猫は、経典をかじるネズミを防ぐ動物として寺で飼われていたのです。ネズミを防ぐ働きは、農家の蚕だけでなく、寺の経典を守る役目としても語られてきました。

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だからこそ招き猫は、町の店では客を、村の農家では蚕の無事を願う品になりました。「なぜ猫か」と聞かれたら、ネズミ除けと客招きの二つの理由を挙げると伝わりやすいでしょう。

猫が縁起物になった背景の全体像と、各地の寺社に伝わる猫の伝説は、次の記事で紹介しています。

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雑学7 記録でたどれるのは嘉永5年(1852年)から

最初の記録は、嘉永5年(1852年)に起きた丸〆猫の大流行です。この年の江戸で、今戸焼の丸〆猫が「招き猫」の名とともに評判になったと、京都文化博物館の展覧会解説は記しています。

同館によれば、呼び名と手を挙げた形の両方が当時の資料にそろうのは、この流行がはじめてです。江戸東京博物館が公開する歌川広重の「浄瑠璃町繁花の図」も、制作年は嘉永5年とされています。

一方で、手招きする猫の人形が生まれた年は、どの資料からも特定できません。豪徳寺や自性院などに伝わる話はあっても、置物の始まりの年ははっきりしないのです。

なお、店先でおなじみの丸い頭と二頭身の形は、昭和20〜30年代頃に現れたと同館は説明しました。「いつから?」と聞かれたら、記録は江戸の終わり、見慣れた姿は戦後と答えるのが確かです。

江戸から令和までの流れと、発祥の諸説の根拠は、それぞれ次の記事で整理しました。

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招き猫の姿と言い伝えの雑学

招き猫の姿には、上げた手や持ち物ごとに込められた言い伝えがあります。よく聞かれる手の左右、小判、置き場所の雑学を3つ選びました。

姿と言い伝えの雑学

  • 右手はお金、左手は人や客を招くといわれる
  • 豪徳寺の招福猫児は、縁を招くため小判を持たない
  • 招き猫の置き場所に、決まった作法はない

雑学8 右手はお金、左手は人を招くといわれる

招き猫は、右手を挙げるとお金、左手を挙げると人や客を招くといわれています。日本招猫倶楽部は、これを一般的な言い伝えとして紹介しました。

愛知県図書館のレファレンス記録も、複数の資料をもとに同じ意味を挙げています。そのうえで、右手は昼の商売、左手は夜の商売に向くとする説も紹介されました。

ただし同館は、資料によって異なる説があり、地域によっても違うと添えています。住吉大社の招福猫のように、月ごとに挙げる手が替わる例もあるのです。

そのため、手の左右は決まりではなく、願いに合わせて選ぶ目安と考えるとよいでしょう。迷ったら、招きたいものがお金か人かで選ぶと迷いません。

左右で意味が異なる理由と、手を挙げる高さごとの意味は、下の2本で解説しています。

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雑学9 豪徳寺の招き猫は小判を持たない

招き猫といえば小判ですが、豪徳寺の招福猫児は何も抱えず、右の前足を挙げています。寺の公式サイトでは、その理由を寺の教えとして説明しました。

寺の説明では、この猫が運んでくるのは人と人との「縁」であって、福を直接くれるわけではありません。その縁を生かすのは本人で、恩に感謝する心があれば福はおのずとやって来るという教えです。

一方で、店先でよく見かける招き猫には、小判を抱えた姿も少なくありません。同じ招き猫でも、寺の縁起物と商いの縁起物では、持ち物に込める意味が違うといえます。

つまり小判の有無は、その一体が何を招く猫かを見分ける手がかりです。小判がない豪徳寺の猫は「縁」を招く猫と覚えておくと、人に話すときにも伝えやすいでしょう。

小判に書かれた文字の意味と、柄や型で分ける招き猫の種類は、次の記事にまとめました。

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雑学10 招き猫の置き場所に決まった作法はない

招き猫をどこに置くかについて、決まった作法はないと日本招猫倶楽部は答えています。置き場所に迷う人は多いものの、愛好家の団体は特定の場所を指定していません。

同倶楽部の説明では、招き猫が庶民に拝まれていた時代には、やや高い所にまつり、水を供えることもあったようです。いつも目につく身近な場所に置けば福を招いてくれる、という一言も添えられています。

そのため、玄関や店先、棚の上など、目に入りやすい場所を選ぶ人が多いのでしょう。大切なのは、場所の正解探しより、毎日目をかけられるかどうかです。

もっとも、風水の考え方を取り入れたい人もいるはずです。置き場所の考え方と、風水でよくないといわれる説の背景は、次の記事で整理しました。目に入る場所に置き、大事に扱うことを基本にしてください。

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産地と記念日の招き猫の雑学

招き猫には、全国の多くを生み出す産地と、年に一度の記念日があります。作られる場所と祝う日にまつわる雑学は、次の2つです。

産地と記念日の雑学

  • 招き猫の生産で知られるのは愛知県で、常滑系が約8割といわれる
  • 常滑には高さ3.8mの巨大招き猫「とこにゃん」がいる
  • 9月29日は「来る福」の語呂から生まれた招き猫の日

雑学11 いちばん多く作られている県は愛知

招き猫の生産で知られるのは愛知県で、県内に瀬戸と常滑の二大産地があります。愛知県が運営する観光サイトでは、常滑系のシェアは全国の約8割にのぼるといわれます。

同サイトによれば、最初に量産したのは瀬戸で、生きた猫に近いすらりとした招き猫でした。その後に常滑で生まれたふっくらとした招き猫が人気を集め、生産の首位に立ったと紹介されています。

常滑には、産地を象徴する巨大な招き猫もいるのをご存じでしょうか。常滑市観光協会の案内では、見守り猫「とこにゃん」は高さが3.8m、横幅は6.3mあります。まちを見下ろす壁の上から、ひょっこり頭を出しています。

つまり、店先でよく見る二頭身の招き猫の多くは、常滑の型の流れをくむ姿です。手元の一体の産地表示を見ると、愛知との縁が見つかるかもしれません。

全国の産地ごとの特徴と、瀬戸と常滑の違いは、次の記事で紹介しています。

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雑学12 9月29日は招き猫の日

9月29日は「招き猫の日」です。9と29を「来る福(くるふく)」と読ませた語呂合わせが由来になりました。定めたのは招き猫の愛好家が集う日本招猫倶楽部で、制定日は1995年9月29日です。

同じ日に、伊勢神宮の内宮前にあるおかげ横丁(三重県伊勢市)で、第1回の「来る福招き猫まつり」が開かれました。おかげ横丁の案内では、記念日を登録する日本記念日協会の認定も受けた日です。

翌1996年には愛知県瀬戸市でも祭りが始まり、招き猫の産地にも記念日の行事が広がりました。おかげ横丁は、日々福を招く招き猫に感謝する日だと説明しています。

ただし、2月22日の「猫の日」とは別の日なので、人に話すときは混同しないよう気をつけましょう。秋の9月29日が招き猫、冬の2月22日が猫と覚えると迷いません。

招き猫の日の由来と、毎年各地で開かれる祭りの内容は、次の記事にまとめました。

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瀬戸は、すらりとした招き猫をいち早く量産した産地でした。では今の瀬戸の窯からは、どのような一体が送り出されているのでしょうか。その答えの一つが「Luxen Maneki」で、招き猫研究所と同じ株式会社日本招き猫総合研究所が届けるブランドです。瀬戸焼の窯に伝わる技を受け継ぐ職人が、金の彩りを一体ずつ筆で加えています。

よくある質問

Q. 招き猫の元ネタは何ですか?

A. ひとつに決まった元ネタはありません。豪徳寺の猫が井伊直孝を手招きした話が広く知られています。そこへ、前足で顔をぬぐう猫を来客の兆しとみる中国の故事なども重なって語られてきました。記録で確かめられる最初の流行は、嘉永5年(1852年)の今戸焼の丸〆猫です。

Q. 招き猫は何の象徴ですか?

A. 客や財宝を招く、商売繁盛の象徴です。デジタル大辞泉は、お客やお宝を呼び込む縁起を担いで、客商売の家に飾る置き物だと説明しています。豪徳寺の招福猫児のように、人との縁を招く猫として授けられる例もあります。

Q. 招き猫は日本の文化ですか?

A. 日本で生まれ、育ってきた文化です。日本招猫倶楽部によると、招き猫が縁起物として生まれたのは江戸時代の江戸で、それから約180年が経ちます。近年はアジアなど海外でも好まれるようになり、現地に定着した例もあると同倶楽部は紹介しています。

招き猫研究所がつくる招き猫「Luxen Maneki」

名前や言葉の由来を知ったあとは、手元に迎える一体がどこで、どう作られたかも知りたくなるものです。

研究所の運営元である株式会社日本招き猫総合研究所は、自社ブランド「Luxen Maneki」の招き猫を手がけています。素地は日本六古窯の一つ、瀬戸焼です。そして金の彩りは、伝統ある窯で働く職人の筆によるもので、一体ごとに仕上げられます。

受注生産のため、手元に届くまでの期間はおよそ4〜6週間です。完成した一体は、湿気を吸って吐く性質をもつ桐の特製箱に納めてお届けしています。

まとめ

招き猫の雑学をたどると、鳴き声から生まれた「ねこ」の名と、福を招く「招福」の願いが重なっていることがわかります。豪徳寺は「まねきねこ」、住吉大社は「しょうふくねこ」と、同じ字でも読み方が分かれていました。

招き猫が猫なのは、ネズミ除けと客を呼ぶ言い伝えが重なったためです。記録で追える最初の例は嘉永5年(1852年)の丸〆猫で、いまは愛知県が一大産地になっています。

気になった雑学は、各項目のカードから詳しい記事で確かめてみてください。9月29日の招き猫の日に家の招き猫を眺めながら、ここで知った話を誰かに伝えてみるのもよいでしょう。